やり直しの恋を、正しく終わらせる方法
第4話
○現代:咲希の家のアトリエ(前話の最後からつながる)
志築「やっぱり、君が欲しい」
志築から真剣な眼差しを向けられ、固まる咲希。
志築「どうしても、ほしい」
見つめ合う二人。
満里奈「ちょっと待ったーー!」
その間に、満里奈が割り込む。
そして咲希を護るように、満里奈は咲希をギュッと抱きしめる。
満里奈「咲希には手を出すなって、いいましたよね?」
志築、ハッと我に返る。
志築「ごめん、言い方が悪すぎた! 俺は彼女の絵が、才能がほしくて!」
満里奈「絵と才能だけで、咲希自身はどうでもいいと?」
志築「そういうわけじゃない! むしろ咲希さんに成功してほしいし、幸せになってほしいと思っているからこその、提案なんだ」
志築、真面目な顔で先を見つめる。
志築「今、友人と一緒に自国の若く体才能ある画家を海外に売り出そうと計画してるんだ。ひとまずニューヨークと、ロンドンにギャラリーを開く予定なんだけど、咲希さんの絵をそこに置きたい」
咲希(待って、この計画に私が参加するのって……もっと後のはずじゃ……)
志築「俺は日本の担当なんだけど、正直……ずっとこれだって人が見つからなかった。でもようやく、君と出会えた」
満里奈「日本の担当ってことは、もしかして……」
志築「ヨーロッパはもちろんアジアや米国、オセアニアや南米まで世界中の画家の作品を展示するギャラリーなんだ」
満里奈「咲希、引き受けなさい」
咲希「えっ!?」
満里奈「とんでもないチャンスじゃない!受けなさい」
咲希「でもさっきは、渡さない的なこと……」
満里奈「あれは、口説かれてるからだと思ったからよ」
満里奈「まあ、今も口説きには変わりないけど」
志築「そうだね。でも生半可な気持ちじゃないよ」
志築「俺は心の底から、咲希さんの絵と才能に惚れ込んでしまった」
咲希「でも、私……は……」
咲希(志築さんから離れるって、決めた……ばっかりなのに……)
志築「たとえここで断られても、俺は絶対に諦めない」
志築「コンペの話は君次第だといったけど、そんなレベルは超えてしまった」
志築はそこで、咲希に一歩近づく。
志築「俺は君の絵が欲しいし、頷いてくれるまで絶対に諦めない」
志築のまっすぐな瞳に捕らえられ、咲希は身動きがとれなくなる。
○現在:ゼミ室
机に突っ伏し、唸っている咲希。
満里奈「あそこまで言われて『NO』を突きつけるとか、あんたもしかして志築さんのこと嫌いなの?」
うめく咲希を、あきれ顔で見ている満里奈。
咲希(その逆だなんて、言えない……よ……)
満里奈「っていうか、さすがに今回は私もあんたに怒ってるよ。」
満里奈「あんなチャンスをけるなんて、同じ絵描きとして正直マジ腹立つ」
咲希「うっ、ごめん……」
怒った顔をしつつも、満里奈はすこし心配そうな顔になる。
満里奈「……でも、寝ても覚めても絵のことばっかの咲希が断るってことは、何か理由があるんでしょ?」
咲希「……うん」
満里奈「もしかして、『お父さん』のこと?」
咲希「え?」
満里奈「違うの?」
咲希「……あ」
咲希(忘れてた、この頃は……お父さんの問題もあるんだった……)
○過去回想:咲希の家
父親に殴られ、倒れる咲希。
父親「いい加減にしろ! お袋の作品は、俺のもんだ!」
○現代:ゼミ室
満里奈「おばあさんの作品の権利で、色々揉めてるんでしょ?」
咲希「うん……」
満里奈「ねえ、それも藤堂さんに相談してみたら? 弁護士とか、いい人相談してくれそうだし……」
咲希「そう、だね……」
咲希(確かに、前のときは、藤堂さんが解決してくれた……)
○過去回想:咲希の家
志築「お婆様の作品の権利は、お婆様自身が望んで咲希さんに譲渡した物です」
咲希の肩を抱きながら、父親を睨む志築。
志築「たとえあなたが○○の息子であり、咲希さんの父親であっても、その権利は侵害できません」
○現代:ゼミ室
咲希(お父さんが怖くて、何も出来なかった私を彼は助けてくれた……)
咲希(でも、今回は……)
咲希「自分で、なんとかするよ」
満里奈「でも、あんた……」
咲希「お父さんのことは怖いけど、でも……私がどうにかしなくちゃ……」
咲希(自分で、そうするべきだった)
咲希が覚悟を決めたとき、教室の外が何やら騒がしくなる。
それが気になり、外に出る咲希と満里奈。
○現代:大学廊下
咲希と満里奈が外を覗くと、廊下の向こうから志築がやってくる。
3ピースのスーツを完璧に纏い、その手には花束。
咲希「し……藤堂さん……何……してるんだろう」
満里奈「何って、そりゃあ……」
呆れた目で咲希を見つめる満里奈。
志築、咲希に気づいてぱっと微笑む。
その笑顔の神々しさに、廊下に射た生徒たちが「ぎゃーー」となる。
志築「咲希さん!」
咲希の前までやってくる志築。
満里奈はあきれ顔だが、咲希は何もわかっていない顔。
志築「この後、お暇ですか?」
咲希「え?」
志築「あなたを、口説きに来ました」
咲希、ぽかんとしたまま固まる。
○現代:志築の車の中
運転席でニコニコの志築。
助手席では、咲希が固まっている。
そんな二人の間から、後部座席にいた満里奈が身を乗り出す。
満里奈「っていうか、私もついてきてよかったんですか?」
志築「もちろん。むしろ二人きりだと、余計に緊張されそうだし」
咲希(三人でも、緊張……する……)
咲希(っていうか、何なの……この状況……)
満里奈「でもさっきの公開告白、まじ面白かったです」
志築「別に笑わせるためにしたんじゃないんだけど」
満里奈「いやいや、花束もってくるとかもはやコントです」
志築「うーん、だとしたら俺の誠意伝わってなかったかな?」
志築、そこで先にチラリと視線を向ける。
咲希「せ、誠意は伝わっています」
志築「じゃあ……」
咲希「ただ、お話を受けるかどうかは別です」
咲希(そうだ、ここで流されちゃ……だめ……だ……)
咲希、そこでガサゴソと鞄を漁る。
咲希「考えなしに、断ったわけじゃないんです」
咲希「ちゃんと将来のことも、考えて……」
咲希が取り出したのは、ここ数日咲希が必死に考えていた、今世での計画書。
咲希「まずはコンテストでちゃんと賞をもらいたいので、いつどの賞に応募するかとか……ちゃんと計画を練ってきました」
満里奈「あの、咲希が……計画!?」
咲希「そ、そんなに驚くこと?」
満里奈「だってあんた、フィーリングで生きてるタイプじゃない!」
咲希「私だって色々考えて……」
満里奈「いや、考えてないでしょ。絵のことになると、周りのことなんっにも見えなくなるし」
咲希「それが行けないって、気づいたの! だから計画も、立てた!」
志築「なるほど、ちょっと見ても良い?」
志築、車を止めて咲希から計画書を受け取る。
満里奈も、それをのぞき込む。
咲希「在学中にやるべき事とか、人脈の作り方とか、作品の売り込みの方法とか、必要なこと……考えてみたんです」
志築「たしかに、よく出来てるな」
咲希(当然だよ。だって前世で志築さんが教えてくれたこと……だもん)
咲希(画家として私が成功できるように、あなたが教えてくれたこと……だもん)
○過去:咲希の家のアトリエ
志築「君の絵には大きな価値がある。でもそれを、多くの人に気づいてもらわなきゃいけない」
咲希「それは、どうすればいいんですか?」
志築「まずは咲希の絵を見てもらう機会を増やそう」
志築「咲希の絵を正しく評価してくれそうなコンクールを選んで、まずはそこに出品してみようか」
咲希「は、はい!」
志築「あと、最近は若い画家たちが自主的にグループ展を開くことも多い。そういう場所にも積極的に、参加していこう」
咲希「グループ……展……」
志築「抵抗ある?」
咲希「いえ、あの、私喋るのが苦手で……。それで、こういう場所で、うまい振る舞いが出来なくて……」
志築「俺が間に入るから、大丈夫だよ。咲希は絵を描いてくれれば、それでいい」
咲希「それで……いいんでしょうか?」
志築「俺は君の絵を売り込むのが仕事だからね」
咲希「仕事って、お金になるわけでもないのに?」
志築「お金よりもっと、価値のある物が手に入る」
志築、そこで咲希の手をそっと握る。
志築「この手が生み出す魔法を、誰よりも先に見ることができる」
咲希、志築の言葉と優しい笑顔に心を奪われる。
○:現在・志築の車の中
志築「君が、色々と考えているのはわかった」
志築、計画書から顔を上げる。
志築「だからこそ、解せない」
咲希「えっ?」
志築「ここまで考えているのに、どうして俺の話に乗る道がここには書かれていないんだ?」
鋭い言葉と眼差しに、咲希はビクッとする。
志築「この工程の半分はスキップできる。その時間を、制作活動に費やせる」
咲希「それ……は……」
志築「それを捨ててまで、俺の話に乗らない理由が……あるんじゃないのか?」
咲希、言葉を返せない。
気まずい沈黙が流れたとき、咲希の肩を満里奈がぽんと叩く。
満里奈「そりゃあありますよ。だって藤堂さん、今めちゃくちゃうさんくさいですよ」
志築「う……さんくさい!?」
満里奈の言葉に、咲希もまたビックリしている。
満里奈「確かに咲希は天才だと思います。でもまだ学生で、コンテストの受賞歴もない。にもかかわらず、いきなり俺と海外に行こうとか詐欺かなって思いますよ」
志築「た、たしかに……」
満里奈「そのうえ、志築さんめっちゃイケメンで御曹司ですよ! ただでさえ私たちとは違う世界の人間が、いきなり乗り込んできて『お前が欲しい』って妖しすぎます」
志築「もしかして、俺は不安にさせていたのか?」
志築、叱られた犬のように「しょぼん」としながら咲希を見る。
咲希「そ、そんなことは……」
志築「いや、隠さなくていい。不安になって当然だよ」
志築の顔に、胸が痛む。
咲希(でもこれは、チャンスかも……)
咲希(ここではっきり断れば、志築さんも引き下がるかも)
咲希、膝の上でギュッと拳を握りしめる。
咲希「ふ、不安です。今までも、おばあちゃんの遺産のこととかで、私を騙そうとした人たちは……たくさんいたので……」
志築、ハッとする。
咲希「信頼できない相手に、私は私の絵を任せられません。だって私の絵は、私の一部だから」
志築「やっぱり、君が欲しい」
志築から真剣な眼差しを向けられ、固まる咲希。
志築「どうしても、ほしい」
見つめ合う二人。
満里奈「ちょっと待ったーー!」
その間に、満里奈が割り込む。
そして咲希を護るように、満里奈は咲希をギュッと抱きしめる。
満里奈「咲希には手を出すなって、いいましたよね?」
志築、ハッと我に返る。
志築「ごめん、言い方が悪すぎた! 俺は彼女の絵が、才能がほしくて!」
満里奈「絵と才能だけで、咲希自身はどうでもいいと?」
志築「そういうわけじゃない! むしろ咲希さんに成功してほしいし、幸せになってほしいと思っているからこその、提案なんだ」
志築、真面目な顔で先を見つめる。
志築「今、友人と一緒に自国の若く体才能ある画家を海外に売り出そうと計画してるんだ。ひとまずニューヨークと、ロンドンにギャラリーを開く予定なんだけど、咲希さんの絵をそこに置きたい」
咲希(待って、この計画に私が参加するのって……もっと後のはずじゃ……)
志築「俺は日本の担当なんだけど、正直……ずっとこれだって人が見つからなかった。でもようやく、君と出会えた」
満里奈「日本の担当ってことは、もしかして……」
志築「ヨーロッパはもちろんアジアや米国、オセアニアや南米まで世界中の画家の作品を展示するギャラリーなんだ」
満里奈「咲希、引き受けなさい」
咲希「えっ!?」
満里奈「とんでもないチャンスじゃない!受けなさい」
咲希「でもさっきは、渡さない的なこと……」
満里奈「あれは、口説かれてるからだと思ったからよ」
満里奈「まあ、今も口説きには変わりないけど」
志築「そうだね。でも生半可な気持ちじゃないよ」
志築「俺は心の底から、咲希さんの絵と才能に惚れ込んでしまった」
咲希「でも、私……は……」
咲希(志築さんから離れるって、決めた……ばっかりなのに……)
志築「たとえここで断られても、俺は絶対に諦めない」
志築「コンペの話は君次第だといったけど、そんなレベルは超えてしまった」
志築はそこで、咲希に一歩近づく。
志築「俺は君の絵が欲しいし、頷いてくれるまで絶対に諦めない」
志築のまっすぐな瞳に捕らえられ、咲希は身動きがとれなくなる。
○現在:ゼミ室
机に突っ伏し、唸っている咲希。
満里奈「あそこまで言われて『NO』を突きつけるとか、あんたもしかして志築さんのこと嫌いなの?」
うめく咲希を、あきれ顔で見ている満里奈。
咲希(その逆だなんて、言えない……よ……)
満里奈「っていうか、さすがに今回は私もあんたに怒ってるよ。」
満里奈「あんなチャンスをけるなんて、同じ絵描きとして正直マジ腹立つ」
咲希「うっ、ごめん……」
怒った顔をしつつも、満里奈はすこし心配そうな顔になる。
満里奈「……でも、寝ても覚めても絵のことばっかの咲希が断るってことは、何か理由があるんでしょ?」
咲希「……うん」
満里奈「もしかして、『お父さん』のこと?」
咲希「え?」
満里奈「違うの?」
咲希「……あ」
咲希(忘れてた、この頃は……お父さんの問題もあるんだった……)
○過去回想:咲希の家
父親に殴られ、倒れる咲希。
父親「いい加減にしろ! お袋の作品は、俺のもんだ!」
○現代:ゼミ室
満里奈「おばあさんの作品の権利で、色々揉めてるんでしょ?」
咲希「うん……」
満里奈「ねえ、それも藤堂さんに相談してみたら? 弁護士とか、いい人相談してくれそうだし……」
咲希「そう、だね……」
咲希(確かに、前のときは、藤堂さんが解決してくれた……)
○過去回想:咲希の家
志築「お婆様の作品の権利は、お婆様自身が望んで咲希さんに譲渡した物です」
咲希の肩を抱きながら、父親を睨む志築。
志築「たとえあなたが○○の息子であり、咲希さんの父親であっても、その権利は侵害できません」
○現代:ゼミ室
咲希(お父さんが怖くて、何も出来なかった私を彼は助けてくれた……)
咲希(でも、今回は……)
咲希「自分で、なんとかするよ」
満里奈「でも、あんた……」
咲希「お父さんのことは怖いけど、でも……私がどうにかしなくちゃ……」
咲希(自分で、そうするべきだった)
咲希が覚悟を決めたとき、教室の外が何やら騒がしくなる。
それが気になり、外に出る咲希と満里奈。
○現代:大学廊下
咲希と満里奈が外を覗くと、廊下の向こうから志築がやってくる。
3ピースのスーツを完璧に纏い、その手には花束。
咲希「し……藤堂さん……何……してるんだろう」
満里奈「何って、そりゃあ……」
呆れた目で咲希を見つめる満里奈。
志築、咲希に気づいてぱっと微笑む。
その笑顔の神々しさに、廊下に射た生徒たちが「ぎゃーー」となる。
志築「咲希さん!」
咲希の前までやってくる志築。
満里奈はあきれ顔だが、咲希は何もわかっていない顔。
志築「この後、お暇ですか?」
咲希「え?」
志築「あなたを、口説きに来ました」
咲希、ぽかんとしたまま固まる。
○現代:志築の車の中
運転席でニコニコの志築。
助手席では、咲希が固まっている。
そんな二人の間から、後部座席にいた満里奈が身を乗り出す。
満里奈「っていうか、私もついてきてよかったんですか?」
志築「もちろん。むしろ二人きりだと、余計に緊張されそうだし」
咲希(三人でも、緊張……する……)
咲希(っていうか、何なの……この状況……)
満里奈「でもさっきの公開告白、まじ面白かったです」
志築「別に笑わせるためにしたんじゃないんだけど」
満里奈「いやいや、花束もってくるとかもはやコントです」
志築「うーん、だとしたら俺の誠意伝わってなかったかな?」
志築、そこで先にチラリと視線を向ける。
咲希「せ、誠意は伝わっています」
志築「じゃあ……」
咲希「ただ、お話を受けるかどうかは別です」
咲希(そうだ、ここで流されちゃ……だめ……だ……)
咲希、そこでガサゴソと鞄を漁る。
咲希「考えなしに、断ったわけじゃないんです」
咲希「ちゃんと将来のことも、考えて……」
咲希が取り出したのは、ここ数日咲希が必死に考えていた、今世での計画書。
咲希「まずはコンテストでちゃんと賞をもらいたいので、いつどの賞に応募するかとか……ちゃんと計画を練ってきました」
満里奈「あの、咲希が……計画!?」
咲希「そ、そんなに驚くこと?」
満里奈「だってあんた、フィーリングで生きてるタイプじゃない!」
咲希「私だって色々考えて……」
満里奈「いや、考えてないでしょ。絵のことになると、周りのことなんっにも見えなくなるし」
咲希「それが行けないって、気づいたの! だから計画も、立てた!」
志築「なるほど、ちょっと見ても良い?」
志築、車を止めて咲希から計画書を受け取る。
満里奈も、それをのぞき込む。
咲希「在学中にやるべき事とか、人脈の作り方とか、作品の売り込みの方法とか、必要なこと……考えてみたんです」
志築「たしかに、よく出来てるな」
咲希(当然だよ。だって前世で志築さんが教えてくれたこと……だもん)
咲希(画家として私が成功できるように、あなたが教えてくれたこと……だもん)
○過去:咲希の家のアトリエ
志築「君の絵には大きな価値がある。でもそれを、多くの人に気づいてもらわなきゃいけない」
咲希「それは、どうすればいいんですか?」
志築「まずは咲希の絵を見てもらう機会を増やそう」
志築「咲希の絵を正しく評価してくれそうなコンクールを選んで、まずはそこに出品してみようか」
咲希「は、はい!」
志築「あと、最近は若い画家たちが自主的にグループ展を開くことも多い。そういう場所にも積極的に、参加していこう」
咲希「グループ……展……」
志築「抵抗ある?」
咲希「いえ、あの、私喋るのが苦手で……。それで、こういう場所で、うまい振る舞いが出来なくて……」
志築「俺が間に入るから、大丈夫だよ。咲希は絵を描いてくれれば、それでいい」
咲希「それで……いいんでしょうか?」
志築「俺は君の絵を売り込むのが仕事だからね」
咲希「仕事って、お金になるわけでもないのに?」
志築「お金よりもっと、価値のある物が手に入る」
志築、そこで咲希の手をそっと握る。
志築「この手が生み出す魔法を、誰よりも先に見ることができる」
咲希、志築の言葉と優しい笑顔に心を奪われる。
○:現在・志築の車の中
志築「君が、色々と考えているのはわかった」
志築、計画書から顔を上げる。
志築「だからこそ、解せない」
咲希「えっ?」
志築「ここまで考えているのに、どうして俺の話に乗る道がここには書かれていないんだ?」
鋭い言葉と眼差しに、咲希はビクッとする。
志築「この工程の半分はスキップできる。その時間を、制作活動に費やせる」
咲希「それ……は……」
志築「それを捨ててまで、俺の話に乗らない理由が……あるんじゃないのか?」
咲希、言葉を返せない。
気まずい沈黙が流れたとき、咲希の肩を満里奈がぽんと叩く。
満里奈「そりゃあありますよ。だって藤堂さん、今めちゃくちゃうさんくさいですよ」
志築「う……さんくさい!?」
満里奈の言葉に、咲希もまたビックリしている。
満里奈「確かに咲希は天才だと思います。でもまだ学生で、コンテストの受賞歴もない。にもかかわらず、いきなり俺と海外に行こうとか詐欺かなって思いますよ」
志築「た、たしかに……」
満里奈「そのうえ、志築さんめっちゃイケメンで御曹司ですよ! ただでさえ私たちとは違う世界の人間が、いきなり乗り込んできて『お前が欲しい』って妖しすぎます」
志築「もしかして、俺は不安にさせていたのか?」
志築、叱られた犬のように「しょぼん」としながら咲希を見る。
咲希「そ、そんなことは……」
志築「いや、隠さなくていい。不安になって当然だよ」
志築の顔に、胸が痛む。
咲希(でもこれは、チャンスかも……)
咲希(ここではっきり断れば、志築さんも引き下がるかも)
咲希、膝の上でギュッと拳を握りしめる。
咲希「ふ、不安です。今までも、おばあちゃんの遺産のこととかで、私を騙そうとした人たちは……たくさんいたので……」
志築、ハッとする。
咲希「信頼できない相手に、私は私の絵を任せられません。だって私の絵は、私の一部だから」