溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
「……真白さん、ですね」
彼はその名を確かめるようにゆっくりと繰り返し、小さく微笑んだ。
その呼び方に、息が詰まる。
なぜだろう、ただ名前を呼ばれただけなのに、胸の奥がざわめく。
「真白さん。僕、あなたに――あの絵を見てほしいんです」
「……絵?」
「“あの味”をきっかけに完成した絵です。あなたが作ったあのケーキが、僕に描かせてくれた作品。一度、見に来てくれませんか?」
唐突な誘いに、言葉を失った。
神城さんは真っすぐにこちらを見ている。
まるで、拒むことを想定していないような瞳で。
「……急に言われても困ります」
やっとの思いで絞り出すと、神城は小さく頷いた。
「そうですよね。じゃあ、いつか。真白さんが“見てもいい”って思ったときで構いません」
彼は微笑み、軽く会釈をして店を出ていった。
カラン――。
ドアの鈴の音が、やけに長く響いた気がした。
ショーケースのガラスに映る自分の顔を見つめながら、わたしは小さく息をつく。
(……神城さんの絵、か)
口の中に残るコーヒーの苦味が、少しだけ甘く感じた。