溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
「それにしても、その人、有名な画家だったんでしょ?しかも美形の」
「……確かに美形ではあったけど、それがどうかしたの?」
「どうかしたって、普通だったらさ、“また来ないかな”とか思うもんじゃない?」
「思わないよ」
即答したつもりだった。
けれど、自分の声が少しだけ遅れて出たような気がした。
電話の向こうで、彩花がふっと笑った。
「まあ、真白はそう言うと思ったけどね。……でも、顔に出るタイプだから気をつけな」
「出てないよ!」
「出てる出てる。想像しただけで今、顔赤いでしょ」
「顔見えないのにわからないでしょ!もう切るね」
「ふふっ、はいはい、おやすみ~“おねーさん”」
最後の一言が、胸の奥に刺さる。
電話を切って、画面を伏せた。
静まり返った部屋の中で、ほんの一瞬――誰かの声が、頭の中で蘇る。
“真白さん。僕、あなたに――あの絵を見てほしいんです”
窓の外では、夜風が木々を揺らしていた。
その音に紛れるように、小さく呟く。
(……もう来ないのかな)
自分でも驚くほど、その声はかすれて聞こえた。