溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
わたしがもう、作れなくなったもの。
それでも、誰かの中でこんなふうに形になっている。
気づけば、喉の奥が熱くなっていた。
一歩、後ずさろうとしたそのとき――
「来てくれたんですね」
背後から聞こえた声に、心臓が跳ねた。
振り返ると、そこには神城さんが立っていた。
白いシャツに、淡い灰のジャケットで。
前よりもずっと、柔らかな表情だった。
「……神城さん」
声が震えたのを、自分でも感じた。
彼は静かに微笑んだ。
「その絵を見て、あなたが何を思うのか……それが、ずっと知りたかったんです」
彼の視線の先には、あの絵。
光の中で溶けていくケーキ。
言葉が見つからなかった。
けれど、胸の奥のどこかが――確かに、温かくなっていた。
(来てよかった……のかな)
そう思った瞬間、ようやく息ができた気がした。
人の波が一段落し、ギャラリーの空気が少しやわらいだころ。
わたしは、もう一度あの絵の前に立っていた。
“光の中に溶けていくケーキ”――
まるで記憶の断片を閉じ込めたようなその色に、何度見ても、胸がざわつく。