溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
わたしはただ、絵を見つめたまま立ち尽くした。
光が滲んで、涙なのか反射なのかわからなかった。
神城さんは、そんなわたしに何も言わず、ただ隣で同じ絵を見ていた。
時間が、ゆっくりと止まったようだった。
家に戻ると、窓の外はもう完全に夜の色だった。
ビルの明かりがぽつりぽつりと瞬き、街はどこか遠くの世界みたいに静かに光っている。
ベッドの端に腰を下ろし、息をつく。
今日一日を思い返すと、胸の奥がまだ落ち着かなかった。
(……まさか、あの人が、あんなふうに店を出してるなんて)
あの白い制服、笑顔、ガラス越しのケーキ。
全部が、胸の奥に突き刺さっていた。
(どうして、あの人があんな顔でケーキを作ってるの……わたしは、まだ焼けないのに)
口の中が乾いて、指先が冷たくなる。
あの頃の痛みが、息を潜めていたはずなのに、一瞬で蘇ってきた。
それでも――
頭のどこかでは、別の光景が浮かんでいた。
神城さんのアトリエ。
あの絵。
光の粒のような色。
見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
あの光を見て、思い出した。
ケーキを焼いていた頃の匂い、音、あの瞬間の達成感。