溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
確証はない。
でも、この絵を見ていると――確かに、あの瞬間の“温度”を思い出す。
オーブンの前で感じた熱気、バニラの香り、
生クリームを立てたときの音。
そして、焼き上がった瞬間の――あの小さな達成感。
忘れていたはずの感覚が、胸の奥から溢れてくる。
「……この光、なんだか懐かしいです」
そう呟くと、神城さんがゆっくりとこちらを見た。
「懐かしい?」
「はい。……あの頃、オーブンの中で焼けていくケーキを見てるときみたいな……そんな感じです」
彼の瞳がわずかに揺れた。
それから、かすかに笑う。
「ようやく認めてくれましたね。あのケーキはあなたが作ったって」
息が止まった。
彼は静かにキャンバスを見つめながら、言葉を続けた。
「僕にとって、あれはただの味じゃなかったんです。食べた瞬間、世界の色が変わった気がした。だから、僕はこれを描いたんです。――あの日の“あの味”を。忘れないためにも――」
その言葉が、静かに胸に落ちる。