溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
「昔、一度だけ会ったことがあるんです。あなたの優勝を記念したイベントで。覚えていませんか?」
その言葉に、胸の奥で、封じ込めたはずの記憶がかすかに揺れ動いた――。
「……すみません。やっぱり、覚えてなくて」
わたしがそう言うと、彼は一瞬だけ肩を落とした。
その表情に胸がちくりと痛む。
けれど――
「そっか……まあ、中学生のガキンチョのことなんて覚えてないですよね!」
すぐに顔を上げ、ぱっと明るい笑顔を見せた。
落ち込んだ姿を見せたかと思えば、まるでスイッチを切り替えるみたいに別人になる。
「ねえ、おねーさんが作ったケーキって、どれですか?」
「え?」
「どれも美味しそうだけど、せっかくならおねーさんの作ったのが食べたいな」
胸の奥が強くざわめいている。
慌てて言葉を探し、声を絞り出した。
「……わたしが作ったケーキはありません」
「え? 今日は作ってないってこと?」
「……いいえ。わたしは、パティシエールではありませんから……ケーキは作らないんです」