溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
白い布巾で手を拭きながら、わたしが厨房を出ようとしたそのとき――
カラン、とドアベルが鳴った。
閉店後の静けさを切るような音。
扉の向こうから、あの声がした。
「こんばんは」
振り返ると、神城さんが立っていた。
夜の光を背にして、少し息を弾ませながら。
「神城さん……」
「やっぱり、まだお仕事されてましたね」
穏やかな笑み。
でも、その奥の瞳はどこか熱を帯びていた。
「今日はもう閉店なんですよ」と芙美子さんが言うと、神城さんは軽く頭を下げた。
「すみません。真白さんに、少しだけ用があって」
芙美子さんは旦那さんと顔を見合わせてから、笑った。
「まぁ、いいわ。あとは若い人に任せましょ」
そう言って、二人は奥の事務所へ消えていった。