溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
「……優しく、ですね」
「そう。お菓子は押さえつけたら死んでしまうからな。生地も人と同じで、気持ちを込めてやるのが一番だ」
そんな言葉に、思わず小さく笑ってしまう。
オーブンのタイマーが鳴る。
焼きあがった生地を取り出すと、ふわりと立ち上がる香ばしい香りが胸に染みた。
まるで、自分の中の止まっていた何かまで、ゆっくりと膨らんでいくようだった。
「……うまく焼けましたね」
「そうだな。感覚を取り戻せば、真白ちゃんならすぐ店に出しても恥ずかしくないものが出来るはずだ」
言われて、少しだけ息をのんだ。
その言葉が、どこか遠い記憶の扉を静かに叩く。
――ほんの数年前まで、毎日のように聞いていた言葉。
でも、あのときの“誇らしさ”とは違う。
今は、もっとあたたかくて、柔らかい感じがした。
「さて、今日の分はこれで終わりにするか。後片づけは俺がやっとく」
「ありがとうございます」