溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
「ありがとうございます。また味の感想、聞かせてくださいね」
そのやりとりの間、神城さんはまるで呼吸の仕方を忘れたように静まり返っていた。
スケッチブックの紙が、わずかに音を立てる。
指先が強く押し込まれ、鉛筆の芯がかすかに折れた。
「……神城くん、大丈夫?」
近くにいた芙美子さんが声をかけると、神城さんはすぐに顔を上げて、穏やかに笑った。
「ええ、大丈夫です。少し、描きすぎただけです」
笑顔は柔らかかった。
けれどその瞳の奥は、どこか濃い影を宿していた。
――夜。
閉店後の店内に残る甘い香りが広がる。
神城さんは、今日もスケッチブックを抱えて店を訪れていた。
芙美子さんはもう帰り、厨房にはわたしと神城さんだけ。
「今日も、描きに?」
「ええ。……でも、今日は描かないかもしれません」
「え?」
「見ているだけでいい気がして」
そう言って微笑んだ神城さんは、いつものようにカウンターの外に座る。
オーブンの灯りが彼の瞳に反射して、静かに揺れていた。