溺れるほど甘い、でも狂った溺愛


「……できた」

 
芙美子さんが目を細める。

 
「きれい。春の光みたいなケーキね」

 
旦那さんも後ろから覗き込み、穏やかに笑った。

 
「いい色だ。表面の焼きも完璧。香りも優しい。……うん、これなら自信を持って出せるな」

 
その言葉に、胸の奥で何かがほどけていく。

 
ずっと止まっていた時計が、ようやく動きはじめたような気がした。

 
「ありがとうございます。やっと……できました」

 
手にしたケーキを見下ろす。

それは派手さのない、素朴な焼き菓子。


けれど、光の加減で表面がほんのり金色に輝いて見えた。

 
(これはもう、過去のわたしにだって、胸を張れる味だ)

 
今の自分が作れる、初めてのケーキ。

少し不器用で、けれどまっすぐな“再出発”の味だった。


「ねぇ、神城くんにも食べてもらったら?」と芙美子さんが冗談めかして言う。

 
わたしは少し笑って首を振った。

< 81 / 182 >

この作品をシェア

pagetop