溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
「……できた」
芙美子さんが目を細める。
「きれい。春の光みたいなケーキね」
旦那さんも後ろから覗き込み、穏やかに笑った。
「いい色だ。表面の焼きも完璧。香りも優しい。……うん、これなら自信を持って出せるな」
その言葉に、胸の奥で何かがほどけていく。
ずっと止まっていた時計が、ようやく動きはじめたような気がした。
「ありがとうございます。やっと……できました」
手にしたケーキを見下ろす。
それは派手さのない、素朴な焼き菓子。
けれど、光の加減で表面がほんのり金色に輝いて見えた。
(これはもう、過去のわたしにだって、胸を張れる味だ)
今の自分が作れる、初めてのケーキ。
少し不器用で、けれどまっすぐな“再出発”の味だった。
「ねぇ、神城くんにも食べてもらったら?」と芙美子さんが冗談めかして言う。
わたしは少し笑って首を振った。