溺れるほど甘い、でも狂った溺愛


微笑んだ神城さんは、まるで子どものような表情で材料を差し出した。

――生地を混ぜる音が、静かな部屋に響く。


わたしが粉をふるい、卵を割るたびに、神城さんはキャンバスの前から目を離さない。


筆が動く音。

オーブンの予熱のファンが回る音。

まるで、部屋全体が“二人だけの時間”で包まれているようだった。


「……ここにあなたの匂いが残るのが、好きなんです」


その一言に、胸がざわつく。

けれど、何も言い返せなかった。


焼きあがったケーキの表面を見つめながら、わたしは気づいていた。


――この部屋に来るたびに、

少しずつ、彼の中で“描くこと”と“わたし”の境界が曖昧になっていく。



夜の風は少し冷たくて、春の匂いがほんのり混ざっていた。

< 96 / 182 >

この作品をシェア

pagetop