秘書の想いは隠しきれない
 少し落ち着きを取り戻し、玄関先からリビングへ社長を案内した。

 二人でソファに座ったけれど、何を話したらいいのかわからない。

「今、何か……」

 私が立とうとすると
「買ってきた。冷めちゃったかもしれないけど。花蓮さんが好きなハーブティ」
 社長、私の好み、覚えていてくれたんだ。

「ありがとうございます。冷めても美味しいです」

 スッキリとした爽やかな味。

 社長は
「恵梨香のこと。報告を聞いたよ」
 ふぅと息を吐いた。

恵梨香(あいつ)が何て言ってきたか知りたい?」

 あいつ、そんな呼び方をしていいの?
 どうせ酷いことを言ってきたに違いない。
 どんなウソを言われようと、私は社長にだけ理解してもらえれば……。

「社長は、恵梨香さんの婚約者です。私はただの秘書で、社長のそばに居ることができた時間は長くありません。だから、こんなこと言うのは失礼だと思います。でも、私のことを信じてください」

 私なりに気持ちを精一杯、伝えたつもりだ。

「うん。俺は、花蓮さんのことを信じるよ」

 信じると言われ、心が救われた。
 私は昨日の出来事を社長にすべて話をした。

「そんなことがあったんだね。俺は花蓮さんの判断は間違っていなかったと思う。だけど恵梨香は、違うことを言ってる。花蓮さんを解雇しろって言って聞かないんだ。千石会長、それに俺の父親にも書面が届いたみたい」

「えっ」

 もうそんなところまで話が言っているの?社長のお父さん、つまり神木会長にまで!?
 病室にいるのに。心労、かけちゃった。
 私はこんなにもたくさんの人を巻き込んで、最低だ。

「俺が父さんに直接話をしてきた。父さんは理解してくれている。だけど、向こうの親が厄介で。今すぐ花蓮さんの疑いを晴らすことができそうにない。俺の力不足でごめん」

 神木社長、会長に話をしてくれたんだ。
 婚約者よりも、私みたいな部下をかばってくれたんだね。
 嬉しくて涙がまた出そうになる。それだけで十分だ。神木社長に信じてもらえただけで。

「ありがとうございます。私は神木社長に信じてもらえて報われました。私が辞めるだけで穏便にすむのであれば、処分は受け容れます」

 私一人が辞めることで、みんなの負担が減るのであれば。
 副社長と常務だって自分の立場を守りたいだろうし、神木社長にだって私のことなんかで負担をかけたくはない。

「それは俺が許さない。花蓮さんがいなくなったら、俺は仕事できないもん。俺がなんとかするから、待っていてくれないかな」

 真っすぐに見つめられ、逸らすことができない。
 そんな目で言われたら「はい」としか答えられなくなる。

「社長、もうこんな時間です。大丈夫ですか?」

 私はしばらくお休みだけど、社長は明日からまた仕事だ。

「それに、具合、もう大丈夫なんですか?」

「うん。大丈夫。花蓮さんのおかげだよ。じゃあ、俺そろそろ帰るね」

「はい」

 あの憧れの社長が自分の部屋にいるなんて、信じられない。
 もっと一緒にいたい。
 こんな気持ちを抱いてはいけないはずなのに。段々と抑えられなくなっている気持ちに気づく。

 帰らないでほしいなんて言えるわけがない。

「玄関まで送ります」

 私が社長を送ろうとした時――。

「あ、ごめん。ドアノブにカバンが引っ掛かっちゃった」

 ドキッとする。
 やばい、その部屋を開けられたら――。

 社長のカバンがドアノブを押し、必然的に寝室のドアが開く。

「ダメ!!」

 本音で叫んでしまったが、もう遅かった。
 
 社長が開けてしまった部屋は私の寝室で、いわゆる神木社長の推し部屋。
 部屋の至るところに飾ってある神木社長の写真が私の位置からも見えた。

 慌ててドアを閉めるも、もう遅い。完璧に見られてしまった。

 気持ち悪いって思われたな。
 せっかく社長が信じてくれるって言ってくれたのに、自分の写真が好きでもない女の人にあんなに飾られていたら嫌だよね。

 思わず、膝をついてしまった。嫌な汗が出てくる。
 社長は無言だ。きっと戸惑っているんだろう。

「すみません。もう二度と社長には近づきませんから」

 嫌われた、絶対。

「花蓮さん、もう一回開けて良い?」

「えっ、ダメっ!!」

 社長は私の制止を振り切り、部屋を開けた。部屋の中をずっと見てる。

 ああ、もう終わった。
 どうしよう。こうなったら、社長と今日で会うことが最後になるんなら……!

「私、昔、神木社長に助けてもらったことがあって。痴漢に遭った時に。それから神木社長のことが忘れられなくて。あああの!!恋愛感情じゃないです。憧れで。それで今の会社に入社をして、あの時、社長に助けてもらった恩返しをしたいって思って。私が今度は社長を助ける役目になりたいって。こんな部屋を見たあとで、信じられないかもしれないですけど……」

 床に膝をついたまま動けない。

「花蓮さん」

 社長は私と同じ目線になるように、床に座り込んでくれた。

「ごめん。知ってた」

「えっ……」

 知ってたって、何を?どこから知っていたの?

「花蓮さんが俺のことを推してくれているのは知ってた。最初から気づいてたんだ。あの入社の面接の時から」

「ええっ」

 大学生だった私を覚えていたの?
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