秘書の想いは隠しきれない
 一週間後――。

 宮下さんのデザインが採用されることが通知され、彼はまた一つ功績を残した。

 社長のおかげで廊下で会っても気まずそうに彼は会釈をするだけだし、あの時以降、話しかけてくることもない。

 私も心の整理をして、これ以上、神木社長に個人的な気持ちを持たないよう努力していた時――。

「クシュン」
 
 神木社長がくしゃみをした。
 よく見ると出勤してきた時より、社長の顔が赤い気がする。

 もしかして
「社長。体調、大丈夫ですか?風邪、引きましたか?」
 社長が風邪をひいたところ見たことがない。

「ううん。大丈夫。心配してくれてありがとう」

 これはなんだか無理をしている気がする。
 どこかに体温計があったはず。

 私は社長室にある机の引き出しから体温計を取り出し
「熱、測ってください」
 お願いをした。

「え、いいよ。大丈夫」

 今の間が怪しい。

「失礼いたします」

 私は強引に社長の額に体温計を当てた。

 ピッと音がし、表示を見ると
「三十七度八分です。社長、今日は重要な仕事はありませんので。帰宅してください」
 やっぱり熱がある。辛そうだもん。

 本当は心の中で、もっと大丈夫ですか?って言いたい。

「大丈夫……」

「では、一緒に受診しましょう。もしかしたら感染症かもしれません。今、医療機関を調べて予約を……」

 私がタブレットをタップするのを見て
「わかった。今日は帰るよ。大人しくしてる。よく考えたら、花蓮さんに風邪うつしてもダメだから」
 ふぅと諦めたのか、社長は自分のパソコンを閉じた。

 神木社長は、今一人暮らしだ。
 何か必要なものはあるのかな。買って届けたり……。
 いや、こんな時こそ、婚約者の恵梨香さんが何かしてくれるはず。私なんかが心配するようなことはない。

「ごめんね。じゃあ、お疲れ様」

 社長がタクシーで帰宅するのを見届ける。
 私もメールの確認と取引先に連絡をして、明日のスケジュールと明日社長がお休みになった時の対応準備をして……。
 順序立ててやることを考えていた時<ピコン>とスマホの通知音が鳴った。

 あれ、これって。
 慌てて社長の机の上を見ると、神木社長のスマホが置いてあった。
 どうして気がつかなかったんだろう。
 
 もう帰宅している頃だ。
 業務用のスマホなんて、具合が悪い時に見ないだろうし。
 いや、それでも連絡をしてみよう。

 私は社長が持っているはずの業務用のスマホにメッセージを送った。

 しかし<ピコン>と音が近くで鳴った。
 ええっと。引き出しを開けると、業務用のスマホが出てきた。

 どうしよう。社長、これじゃあ誰にも連絡をとれないよね。
 お家にパソコンはあるはずだから、そこから誰かに連絡とかするかな。

 とりあえず、終業時間まで待とう。
 
 何か社長からアクションがあるかと待っていたが、何もなく終業時間を迎えた。
 
 社長の家なら知っている。
 送って行ったことがあるから、覚えてしまった。

 忘れていったスマホと何か差し入れを持って、訪問してもいいかな。
 社長だって、きっと困っているよね。具合が悪いからこそ、連絡手段は近くで必要だろうから。

 そうだ。私が知らないだけで恵梨香さんと同棲とかしてたらどうしよう。
 そうしたら「忘れ物です」とだけ伝えれば、穏便に終わらせることができるはず。

 社長のマンションへ向かう途中の電車の中、あらゆるパターンを摸索する。

 具合が悪かったら買い物だって大変だろうから。後悔しないように差し入れは買って、もしも恵梨香さんが居るようならスマホだけ渡して帰ろう。

 ドキドキしながらもマンションのエントランスで社長の部屋番号を押し、しばらく待っていると――。

<あれ。花蓮さん?どうしたの?>

 部屋のモニターから私が見えたのか、神木社長が応えてくれ、ほっとした。

「急にすみません。会社にスマホを忘れていかれたため、届けに来ました」

<そうそう。困ってたんだ。ありがとう。ごめん、俺の部屋まで来てくれる?>

「わかりました」

 解錠ボタンを押してくれたため、エントランスの自動ドアを通り、社長の部屋の前まで来た。

 部屋の前でインターホンを押すと、ドアが開き、スウェット姿の社長が見えた。

「ありがとう。外だと周りもいるし、良かったら玄関の中に入って」

 社長は私を玄関の中まで入れてくれた。

 至近距離で見る社長の部屋着姿!!

 心の中で感動をしながら
「お疲れ様です。具合、大丈夫ですか?」
 社長にスマホを渡した。

「久しぶりに風邪引いたよ。スマホ、自分のと仕事用、二つ忘れて行っちゃったから、助かった。ありがとう」

 社長、顔が赤い。熱があるんだ。それはそうだよね。まだ帰って半日だから。すぐに治るわけない。
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