『青い春の迷い星（ステラ）』 ～10歳年上の幼馴染は、一番遠い婚約者～

第十八章：愛を学ぶ御曹司と、共に歩む未来

婚約指輪とキーホルダーの真実が明らかになって以来、柚月と蓮の関係は、目覚ましい速さで愛情に満ちたものへと変化していった。

蓮の冷徹な仮面は、柚月の前ではほとんど影を潜めた。彼は、柚月の前では、不器用で、愛の表現が下手な、一人の孤独な青年へと変わった。しかし、それは、柚月が長年求めていた飾らない、ありのままの蓮だった。

「柚月。今日の研修資料だが、財務分析の項目を一つ加えた。君の将来にとって、必要不可欠な知識だ」
蓮の口調は、まだ指導の形をとる。しかし、以前のような威圧感はない。

「ありがとうございます、蓮さま。さっそく、神崎さんに教わります」
柚月は、蓮の隣に座り、資料を広げた。彼女はもう、蓮の「指導」を「支配」だとは感じない。それは、彼女の未来を安全に守るための、蓮の愛の表現だと理解している。

「あの……その、無理をするな」
蓮は、柚月に目を合わせず、書類に視線を落としたまま、小さな声で呟いた。
「わたくしは、無理していません。蓮さまのお役に立ちたいのです」

柚月がそう言うと、蓮はペンを持つ手を止め、柚月の頭に不器用な手のひらを、そっと乗せた。
「君が、私に気を遣う必要はない。君の笑顔が、私の最高の報酬だ」

蓮は、「愛している」という言葉の代わりに、「君の存在が私を満たす」という、彼らしい不完全な告白を繰り返した。

柚月は、蓮の不器用な愛の表現を、一つ一つ丁寧に受け止めた。そして、彼の孤独な世界に、徐々に愛と「暖かさ」という名の光を灯していった。

蓮は、柚月に愛を学ぶために、これまでの人生で避けてきた感情的な交流を試みるようになった。
「このドレスは、君に似合うか？」
「ええ、とても素敵です」
「では、買おう」
蓮は、理由も聞かずに即決する。柚月が素敵だと言ってくれたという「感情的な事実」が、彼にとって「購入の合理的理由」となったのだ。

そして、柚月が長年求めていた「対話」も、少しずつ成立するようになった。
「柚月。私の説教が、君の苦痛だったことは、今も後悔している。だが、もし、時間を巻き戻せるとしても、私は君の安全のために、やはり同じ指導を選んだだろう」
ある夜、蓮は真剣な顔で柚月にそう告げた。

「わたくしは、それを理解しています。蓮さまの愛は強すぎる。でも、これからは、二人で調整していきましょう。わたくしが、『これは私を不安にさせます』と正直に伝えますから」

「わかった。君の意見を尊重する。私の判断が、君の自由を不必要に奪うことがないように」
蓮は、「支配」ではなく「対話」を通じて、柚月の「個人の願い」と、「御曹司の妻としての安全」とのバランスを取ることを学んだ。それは、蓮にとって、「孤独な指導者」から「共に歩む夫」へと進化する、最も大きな成長だった。

数ヶ月後。二階堂グループと一条呉服問屋の合併記念パーティーの日。
この日、二人は正式に婚約を発表し、結婚へと向かう。
柚月は、蓮に選んでもらった美しい白のドレスを纏い、蓮の隣に立っていた。彼女の薬指には、愛と責任が込められた婚約指輪が輝いている。

蓮は、大勢の出席者の前で、力強くスピーチを始めた。
「私は、一条柚月氏との婚約を、二階堂グループの未来にとって、最も合理的で、最も必要な決断だと確信しています」

蓮の口から出た言葉は、相変わらず「ビジネスの論理」だった。柚月の隣で、彼の父や出席者たちが満足そうに頷く。
しかし、蓮は、スピーチの最後に、初めて、公の場で「私的な感情」を付け加えた。
「そして、私は、彼女を愛している。彼女は、私の孤独な世界に暖かさをもたらしてくれた、最も大切な存在です」

会場が一瞬、静まり返った。蓮が、「愛」という「弱点」を、大勢の前で認めたのだ。それは、彼にとって、どれほどの勇気が必要だったか、柚月は理解できた。
柚月は、感動で瞳を潤ませながら、蓮に寄り添った。
蓮は、柚月にだけ聞こえる小さな声で囁いた。

「柚月。私が君に求めるものは、変わらない。永遠に、私の隣にいることだ」
「はい、蓮さま」
柚月は、「支配」ではなく、「愛の誓い」として、その言葉を受け止めた。

彼女は、愛を隠し、支配で守ろうとした孤独な御曹司の隣で、これからは愛を教え、共に未来を築いていくことを誓った。

蓮の歪んだ愛は、柚月の献身によって、完全ではないが、確かな温かい愛へと進化を遂げた。二人は、「切ないすれ違い」という長い迷路を抜け、「不器用な愛」という光の中で、共に歩み始めたのだった。