『青い春の迷い星(ステラ)』 ~10歳年上の幼馴染は、一番遠い婚約者~

第十九章:新婚生活と、溶け始めた冷徹な仮面

慈善パーティーでの婚約発表から半年後、柚月と蓮は正式に結婚し、二階堂グループが所有する広大な敷地内の、別棟の邸宅で新婚生活を始めていた。
柚月は、蓮の隣で、二階堂グループの若き夫人としての役割を果たし始めていた。彼女は、持ち前の聡明さと、一条家の娘としての品格を活かし、蓮の多忙な日々を支える内助の功となっていた。

蓮の冷徹な仮面は、公の場では依然として完璧だが、二人きりの空間では、もはや影も形もなかった。彼は、柚月に対して不器用で、過保護で、そして溺愛している夫となっていた。

「柚月。今日の午後の茶会だが、君が慣れない場所で疲れないよう、三十分で切り上げると先方に伝えてある」
朝食中、蓮が真顔で告げる。
「蓮さま、三十分ですか?それでは、逆に失礼になってしまいます。わたくし、もう大丈夫です。二時間は務められますよ」
柚月が微笑んで言うと、蓮はフォークを持つ手を止めた。
「大丈夫ではない。君は、私に隠れて無理をする癖がある。君が疲弊した顔を見せることは、二階堂の品格を損なう」

それは、柚月の体調を気遣う優しさと、「品格」という蓮の不器用な愛の論理が混じり合った、蓮らしい表現だった。
柚月は、静かに蓮の手を握った。
「蓮さま、ありがとうございます。わたくしはもう、あなたを憎んでいた頃の私ではありません。無理をする時は、正直に伝えます。でも、今は大丈夫。蓮さまが守ってくださるから、安心して務められます」

柚月の素直な感謝と信頼の言葉は、蓮にとって特効薬だった。蓮の顔から、硬い緊張が消え、穏やかな光が宿る。

「……そうか。ならば、一時間半に増やそう。だが、少しでも不調を感じたら、すぐに神崎に知らせろ」
蓮は、「支配」から「相談」へと、一歩譲歩した。柚月は、その小さな譲歩が、蓮にとってどれほどの大きな変化かを知っている。

柚月は、蓮の孤独な過去を埋めるように、彼の弱点だった感情的な交流を日常に持ち込んだ。
夕食後、柚月は、蓮が忙しさのあまり使っていなかった書斎の片隅にある、古い天体望遠鏡を見つけた。それは、蓮の父に捨てられたものと同じ種類のものだろう。
「蓮さま。この望遠鏡、使ってみませんか?」

柚月は、蓮を連れて、邸宅の屋上テラスへと向かった。澄み切った秋の夜空には、無数の星が輝いている。
「これは……」
蓮は、望遠鏡に触れることを躊躇した。それは、彼が「弱い自分」を封印するために捨てた、過去の象徴だったからだ。

「蓮さまの私的な感情は、弱点ではありません。わたくしが、あなたの弱点を全て受け止めます」
柚月は、そっと蓮の背中に触れ、望遠鏡の接眼レンズを覗き込むように促した。
蓮は、意を決してレンズに目を当てた。彼が見たのは、遠い宇宙に浮かぶ、孤独な星の輝き。それは、かつて彼自身が重ねていた孤独そのものだった。
しかし、今は違う。彼の隣には、彼の孤独を理解し、その弱さを受け入れてくれる柚月がいる。

蓮は、望遠鏡から目を離し、柚月を強く抱きしめた。
「柚月。私が、孤独ではないと、初めて知った」
彼の声は、深い安堵に満ちていた。
「わたくしはずっと、蓮さまの隣にいます。もう、一人ではないですよ」
柚月の言葉は、蓮の冷徹な仮面を形作っていた過去の傷を、優しく癒していった。

蓮は、柚月の不器用な愛情表現を、ついに**「愛」**として受け入れるようになった。
ある朝、柚月が目覚めると、蓮は既に身支度を終え、ベッドサイドに立っていた。
「蓮さま、お早いですね」
「ああ。君の寝顔が、あまりにも無防備だったから、少し見ていた」

蓮は、真顔で、全く冗談ではない口調でそう告げた。柚月は、恥ずかしさで顔を赤らめた。
「無防備な姿は、二階堂の品格を損ないますよ」柚月は、かつて蓮が言った言葉を、皮肉ではなく、愛情を込めて返した。

蓮は、その言葉に、初めて心から楽しそうな笑顔を見せた。それは、柚月が長年求めていた、飾らない、自然な笑顔だった。
「その通りだ。だから、君を私だけの部屋から、出すわけにはいかない」
蓮はそう言うと、柚月の額にそっとキスを落とした。
「愛している、柚月」

その言葉は、「不器用な支配者」としての義務でも、「守護者」としての責任でもなく、一人の夫としての、純粋で温かい愛の告白だった。
柚月は、彼の冷徹な仮面が完全に溶けたことを悟り、涙を流した。

「わたくしも、愛しています、蓮さま」
二人の切ないすれ違いは、今、純粋な愛という終着点に辿り着いた。蓮の孤独な人生は、柚月の献身的な愛によって完全に満たされ、二人は、不器用だけれど、誰よりも深く愛し合う夫婦として、永遠に続く未来を共に歩み始めたのだった。

(完)
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