メリーでハッピーなトゥルーエンドを

 また代わりに死なせてしまうことになる。

 それじゃ結局、一度も郁実を救えないまま、最後まで守られるだけだ。

「……花菜、なに考えてる?」

 戸惑っていた彼の瞳に今度は憂うような色がさした。

 とっくにすべてを見透かされているのだと悟って、思わず苦く笑ってしまう。
 やっぱり郁実には敵わない。

「考えてないよ、郁実が心配するようなことは何も。だから教えて。郁実はどうして……あんなことしたの?」

 誤魔化すためについた嘘に言及されないうちに、抱えていた疑問をぶつけた。
 言わずもがな彼が玲ちゃんにしたことだ。

 疑問というより、引っかかっていた懸念(けねん)に近かった。
 答え自体は分かっているから。

 郁実は静かに目を伏せた。
 睫毛の影が白い頬に落ちる。

「……誤解したよね。失望もさせたかも。でも、花菜のためだった。それ以外にない」

 眉を下げつつうつむいた郁実だったけれど、そう告げたときには凜としていた。
 顔をもたげて、眼差しも揺るがせない。

「本来の運命通りなら、亡くなるのはあの子のはずだった。だから僕はそうしようと……シナリオを修正しようと思った。先輩たちがしてるのはただの悪あがきだ。本当なら、花菜を殺したってあの子が戻るわけでもないでしょ」

「それは、そうだけど……」

「僕がやるしかなかった。そうしないと、理不尽な暴論で花菜が殺される」

 普段は感情の起伏(きふく)が薄く見えるだけに、力の込もった声色がいっそう強く胸を刺してくる。

 そうやってわたしを失い続け、きっとどうすることもできなかったのだろう。

 だけど────だから、郁実は()()ことにしたんだ。
 運命とじゃなくて、柊先輩たちと。

(わたしはそんなこと考えもしなかった)

 最初からずっと、戦うべき相手は運命そのものだと信じて疑わなかったからだ。

 こんなにも複雑にそれぞれの思惑が交錯(こうさく)していると分かったいま、揺らぎつつあるのはそんな前提。

 郁実を死なせたくない思いは変わらないのに、目指すべき方向が分からなくなってきた。
 足元もおぼつかない。

 誰かひとりを切り捨てればいい、なんて単純な話でもなかった。

 “今日”の結末を選ばなきゃならないのに、どんな選択をしても、必ず誰かを傷つけてしまう。
 絶望するほど、深く。
 取り返しがつかない。

「花菜」

 じわじわと足元から広がってきた暗闇に飲まれそうになったとき、ふと郁実に呼ばれて我に返る。

 いつも通り優しく、それでいて強い眼差しを注がれていた。

「花菜は生きてるんだよ。それは結果でしかない。でも、正しい結果。罪悪感も責任も感じる必要なんかない」

 巣食った迷いをまるごと溶かすような、あたたかい言葉だった。
 澄んで心に響く。
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