メリーでハッピーなトゥルーエンドを

「……大丈夫だよ、郁実。バッドエンドにはしない。これは不幸な結末なんかじゃないよ」

 そう告げたとき、一瞬、意表を突かれたように郁実の力がわずかに緩んだ。
 その腕を掴んだまま振り向く。

 いつもより儚げな空気をまとう彼と目が合った。
 このまま捕まえていないと、郁実の方が消えてしまいそう。

 いまにも泣き出しそうな、こんな不安定な表情は初めて見た。
 だけど一方のわたしは、気づいたら笑いかけてさえいた。

「ありがとう、何度もわたしを助けてくれて。いくら伝えても足りないけど……。お陰でわたしも未来の可能性を信じられた。郁実がいてくれたから」

「花菜……」

「ずっと、郁実がそばにいてくれてよかった。ほかの誰より大事な人だよ」

 心の内側がぜんぶ溶け出して、残ったのはこの気持ちだけだった。
 純度の高い、澄みきった想い。

 目を見張った郁実は、それからすぐに表情を歪ませる。
 苦しそうにうつむいた。

「分かってるなら、どうして……。ひどいと思わないか。僕だけ置いていくの……?」

「それでも、郁実には分かって欲しい。許さなくてもいいから」

 言いながら図らずも声が震えてしまった。
 眉根に力が込もって、郁実の輪郭がぼやける。

「……っ」

 とっさに踏み込んだ。
 こらえきれなくなりそうで、涙がこぼれ落ちる前に彼の背中に腕を回す。

 見られたくない。
 たぶん、同じ顔をさせてしまうから。後悔させてしまうから。

 肩に顔を埋めるようにして(むせ)び泣きながら、無意識のうちにいっそう力を込めていた。
 ぎゅう、と強く抱き締める。

 すると、彼の手が受け止めるみたいにわたしの背中に触れた。
 何にも代えがたい安心感に包まれて、つかの間でも満たされていく。

(郁実のにおいがする……)

 春の陽だまりみたいな、秋の木漏れ日みたいな、あたたかくてほっとするにおい。

 あの頃とはちがうのに、あの頃と変わらなくて、そんな懐かしさがひどく切なかった。

「こんなことになる前に……もっとたくさん話せばよかった」

「でも、聞けて嬉しかった。あのとき、郁実の気持ち」

 わたしの中での最初の“今日”のこと、いまなら彼も覚えているはずだ。

「あれは……そうだけど、伝えたいことの半分も言えなかった。いまも、言えない。伝えたら認めることになる気がして……もう花菜に会えないって」

「郁実……」

 過去に思いを()せるたび、彼の心を紐解くたび、名残惜しさに後ろ髪を引かれてしまう。

 未練がわたしの(かせ)になる前に、そっと郁実を離した。

 先ほどよりも陽が近づいている。

 柔らかい金色の光にふちどられた彼は、幻想的で綺麗だった。
 このままずっと見ていたいと思うほど。

 探さなくても昔の面影を帯びている端正(たんせい)な顔も繊細な表情も瞬きも、余さず目に焼きつけながらわたしは微笑みかける。

「こんなわたしを命懸けで救ってくれて……守り続けてくれてありがとう。今度は、わたしがそうするから」
< 119 / 127 >

この作品をシェア

pagetop