メリーでハッピーなトゥルーエンドを

 ────思い残したことはたくさんある。

 郁実と話したいこともまだまだあるし、聞きたいことも尽きない。
 結局、あのうさぎにだって会えずじまいだ。

 挙げたらきりがないのは、それだけわたしたちの間にあった空白が広いせい。

 いつだって埋められたはずなのに“いつか”を願って先延ばしにしていた。

 明日が来る当たり前を信じて疑わなかったからだ。

 地続きの日常が実は奇跡の積み重ねだったと、失ってからいまさら気がついた。

(でも。だからこそ、わたしはもう迷わない)

 世界は変えられなくても、意味は変えられる。
 だからこそわたしはこの選択と結末を背負うんだ。

 彼に触れていた手を下ろし、惜しむようにあとずさる。
 その体温も感触もぜんぶ、忘れないよう指先から染み込んでいけばいいのに。

「待────」

「御影!」

 切実な郁実の声を遮るように悪魔を呼んだ。

 ふっとその場の影が増えると同時に、肌を撫でゆく風の温度が変わる。

 無機質で重厚な空気感。
 この下りた(とばり)の内側に、相変わらず気だるげで飄々(ひょうひょう)とした御影が現れた。

「……ったく。呼べばいつでも来ると思うなよ? 俺さまの気分次第だからな」

 なんて悪態(あくたい)をつきながら、ゆったりと歩み寄ってくる。
 わたしは濡れた頬をてのひらで拭った。

「そう言いながらも来てくれるんでしょ? もう分かってるよ」

「おまえの魂が懸かってるから仕方なくな」

「はいはい、ありがとう」

 思わず小さく笑ってしまい、肩をすくめた。
 彼と話しているとどうしてこう緊張感を忘れるんだろう。

 そんなことを考えながら、結界越しに空を見上げる。
 羽ばたいている黒いカラスが、空中でぴたりと動きを止めていた。

「時間も止めておいたぞ。それをお望みだろ? イクミのために」

「……うん」

 いま、あたりを見回してみても郁実の姿はない。
 御影が張った結界の外側にいるからだ。

 それとは別に、時間ごと止めておかないと彼を守りきれないように思えた。

 わたしを死なせないため、どんな行動に出るか保証はできない。
 また自らを犠牲にするか、悪者になってでも玲ちゃんを手にかける可能性があった。

(それじゃ、郁実を救えないから……)

 それに、こうしておけば玲ちゃんが居合わせてしまう展開も避けられる。

 一度うつむき、それから御影に向き直る。
 今朝のようにふちへと腰を下ろしていた。

「お願いがあるんだけど」

「またかよ。随分と遠慮がなくなったな、図々しいぜ」

 言葉の割に嫌味な調子ではなく、膝に頬杖をついて笑っていた。
 わたしは真剣な眼差しをまっすぐ返す。

「郁実から記憶を消して欲しいの。このタイムリープにまつわること……ぜんぶ、忘れさせて」
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