メリーでハッピーなトゥルーエンドを

「とにかく、だ。悪魔が契約者の魂を喰らうと、その人間は“消滅”する。天国にも地獄にも行くことなく消えちまうんだ」

 一転していつになくシリアスな表情をたたえているせいか、その言葉にぞくりと背筋が冷えた。

 記憶だとか感情だとかそんな次元の話ではもはやなく、存在そのものがなかったことになるんだ。

 そうやって魂が消えても遺体は残るなら、忘れられはしないのだろうか。
 わたしを知っている人に。郁実に。

(そうだといいけど……)

 いままで漠然としか想像してこなかった“最後”が見え始めて、いまさら少し怖気(おじけ)づく。

 悪魔に魂を捧げたことの意味が、その重大さと実感がようやく追いついてきた。

「だけどな、その人間の思念(しねん)……つまり未練だとか恨みだとかそういう思いが強いと、消滅してもその心だけは残る。無の空間にひとりぼっち、永遠に閉じ込められてさまよい続けることになるんだよ」

 新月の夜空より、瞼の裏よりずっと暗い、底知れない常闇(とこやみ)にひとり佇むわたしが浮かんだ。

「幽霊、みたいな……?」

「イメージとしてはそんな感じだな。姿すらないユーレイ。当然、この世界に干渉することもできねぇ」

 悪魔が魂を食べて存在が消えてしまえば、不安と恐怖を感じる心ごとなくなる。
 だけど、思念とやらが強くてむしろ心だけ残ってしまったら────。

 前後左右、上も下もない虚無の暗闇に放り出され、終わりのない時間の中、ひたすら孤独に沈んでいくことになる。

 それはある意味、地獄に堕ちるより残酷かもしれなかった。

 そんなことを考えながら思わずうつむくと、おもむろに御影が立ち上がった。
 悠然と歩み寄ってきてわたしの前で足を止める。

 落とした視線の先にその足がおさまったとき、つられるようにそっと顔を上げた。

「このままだとおまえは、そんな透明な幽霊になりそうだ」

 面白がるでも案ずるでもなく、ただ淡々と思ったことを口にしたという雰囲気だった。

 笑みを浮かべていない御影は、冴え冴えとしていて威厳すら覚える。

 だからこそ余計にその言葉が重たかった。
 え、とこぼれた声も音にならず、冷えた肌が(あわ)立っていく。

(怖い……)

 このまま死んだら、御影に魂を食べられたら、わたしはひとりぼっちで暗闇をさまようことになる?

 死の苦痛や恐怖は一瞬でも、その後の孤独は永遠だ。
 どちらにしても待ち受けているのは、救いのない結末────。

 ふいに降りかかってきた絶望感に、心を折られそうになる。
 またしてもうつむきかけたそのとき、左の頬を突然つままれた。

 驚いて顔を上げると御影と目が合う。
 いつの間にかまた、いつもの強気な笑みをたたえていた。

「俺としても、そんな魂は願い下げだ。なんてったってマズイからな」
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