メリーでハッピーなトゥルーエンドを

 大げさに顔をしかめてみせる彼に、あっけに取られてしまう。

 そんなわたしを見やって再び笑うと、彼の手が離れていった。

 離れてからようやく、頬に残っていた手袋の無機質な感触が染みてくる。

「だから、おまえの魂はひとまず保管しとくことにする。そうやって熟成すりゃうまくなるだろ」

「それって……。でも、どうやって……?」

「期待はすんなよ? 死そのものは覆らねぇ」

 死人が出る運命は変わらない、と事前に言っていた通り、その点はやはり前提なのだろう。

 そして、わたしも自分で選んだ。
 “今日”の結末そのものは変わらない。

「おまえの肉体は死ぬ。けど、そのあとその魂を食わずに俺が取り込む。そしたらおまえは姿を残したまま、俺と行動をともにすることになるけど」

 はっと見張った瞳が揺らぐのを自覚した。

 そうすれば、ひとりぼっちで底なしの暗闇をさまようことも、大切な人たちを置いて消滅することもないんだ。

「なあ、イクミが心配でたまらねぇんだろ? 本当はそばにいたいんだろ? だから、おまえが満足するまで俺のものにしてやる」

 思わぬ言葉に心が震えた。
 揺れる視界に御影をおさめたまま、掠れた声を押し出す。

「いい、の……? 郁実はきっと長生きする。わたしは、そんな郁実が幸せな生涯を終えるまで見守り続けるつもりだよ。そんなに待ってくれるの?」

「心配いらねぇよ。人間の一生なんて、悪魔(俺たち)からしてみれば瞬きするより短い」

 口の端を持ち上げて笑う姿は、陽に照らされていっそう鮮やかだった。
 赤い宝石みたいな瞳が、象徴的な薔薇の色と重なる。

「でもな、忘れんなよ。どっちにしろ、おまえもあいつも天国や地獄には行けねぇ。時が来たら俺が魂を喰らう。そういう契約だ」

 確かな重厚感を含んだその言葉に、こくりと静かに頷いた。

 一度深く呼吸してから、屋上のふちへと歩み寄る。
 目を閉じて踏み出すと、わたしはきらめくような夕空を舞った。



     ◇



 ────はっと目を開けると、あたりには屋上の景色が広がっていた。

 傾いた太陽、金糸(きんし)でふちどったみたいな雲、光に満ちた世界。
 そよいだ柔らかい風が頬を撫でていく。

「あれ……?」

 さっきまでふちの手前にいたはずが、なぜか塔屋(とうや)の正面に立っている。

 確かに飛び降りたはずなのに。
 二度と味わいたくない、と思っていたあの激痛に再び見舞われたのに。

 思わず手や足元を見下ろしたけれど、そこには怪我ひとつなかった。
 流れた血も止まない痛みも嘘みたい。
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