メリーでハッピーなトゥルーエンドを

 一瞬、また時が戻ったのかと思った。
 だけど、ちがっていた。

 空では黒いカラスが鳴いているし、見えなかったはずの郁実の姿が目に飛び込んできた。

 帳が消え、むしろ時が動き出している。

 彼はちょうどさっきまでわたしがいた場所で、呆然と立ち尽くしていた。

「花菜……? 花菜……っ!」

 ひどく動揺しながらふちに膝をつく。
 恐る恐るといった様子で下を覗き込むと、息をのんだのがここからでも分かった。

 たまらず無意識に呼吸を止めているうち、すぐそばに慣れた気配を感じた。

 きつく握り締めていた手をほどき、郁実の方を見つめたまま尋ねる。

「郁実はいま、どういう……?」

 タイムリープや繰り返したシナリオの記憶を失って、どういう認識になっているんだろう。

「そのまんまだぜ。いまのいままで話してたおまえが、突然目の前で飛び降りた。ただし、理由は分かんねぇってところか。そりゃ混乱するわな」

「わたし……どうしよう。もっと深く考えればよかった。目の前でなんて」

 後悔の波が押し寄せてくる。
 別の消え方を選べばよかった。

 たとえば、郁実の目や手の届かないところで元のシナリオを再現すればよかったかもしれない。

 もしくはトラックに轢かれるか、鉄骨の下敷きになるか、毒入りの紅茶を飲むか、ホームから落ちて電車にはねられるか……方法なんていくらでも考えられたのに。

 だけど、不器用なわたしには、郁実や玲ちゃんを巻き込まないで済む確実な終わり方がほかに分からなかった。
 そうじゃなくても、どうしたって誰かを巻き込んで傷つけてしまうだろう。

 この結末を誰かのせいにはしたくない。
 わたしの最期を不幸だなんて呼ばせたくなかった。

 こんな身勝手なわたしを、彼はいつか許してくれるだろうか。

 そのとき、郁実がよろめきながら立ち上がった。
 一歩、二歩、たたらを踏むように進むと、そのまま色を失った顔で駆け出す。

 一直線に塔屋の方へ、わたしのいる方へと向かってきた。

「……っ」

 ぶつかる、と思ったのに、そんな衝撃はいつまで経っても訪れない。

 思わずつむった目を開けると、いつの間にか足音は後ろから響いてきていた。
 校舎へ飛び込んでいった郁実が階段を駆け下りているみたい。

「びっくりした……」

「言ったろ? おまえはユーレイ状態だ」

 そう言うと、御影がこちらに向き直る。

「姿はあるけど、俺以外誰にも見えねぇ。生きた人間と話すことも、ものに触れることもできない。本当にただ見守ることしか」

 試しに扉へと手を伸ばしてみた。
 ドアノブを掴もうとしたのに、手がすり抜けて空振ったような感覚。

 確かにこうして何にも触れられないなら、この世界に干渉のしようもなかった。

 自分の存在すら曖昧で不安になってくる。
 ここにいるのに、誰にも気づかれないんだ。
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