メリーでハッピーなトゥルーエンドを
     ◇



 深淵(しんえん)を落下していた僕の身体は、いつの間にかまた“今日”の朝へと戻ってきていた。

 余裕を取り戻しきれないで、重いため息をこぼす。

「……そこにいるんだよね」

 誰にともなく話しかける僕の姿は、周りからすると奇妙に映っているかもしれない。

 それでも、人目も構わず彼を呼んだ。
 いつもの流れからして、あいつは常に近くに潜んで成り行きを楽しんでいるにちがいない。

「もちろん、()()()にいるぜ」

 ふっと虚空から現れた悪魔は、気だるげにあくびしながら僕の横を通り過ぎていった。
 柱に背を預けて立ち、こちらを見返してくる。

 気づいたら周囲から忽然(こつぜん)と気配が消えていた。
 初めてこいつが現れたときと同じで、まるで結界でも張ったみたい。

「ちゃんと説明してくれ。“昨日”のこと」

「まあまあ、そう焦んなよ。聞きたいことは分かってる」

 ゆったりと身を起こした悪魔は八重歯を覗かせる。

「砂時計とあの金髪女のことだろ? ずばりあいつの正体はな……神とやらに仕える使者だ。分かりやすく言えば“天使”ってことだな」

「天、使……?」

「あの砂時計はあいつのもんで、時を戻す効果は同じ。だけど俺のとは細かい部分がちがってる。ま、それはとりあえずいいだろ。とにかく、ここまで言えば分かるよな」

 気圧されたように言葉を失ってしまう。

 それでも“天使”なんてファンタジックな存在を受け入れるに足りたのは、目の前に“悪魔”がいて、僕自身が非現実的な状況に身を置いているからだ。

 悪魔と契約した僕がいるのなら、天使の手を借りている誰かがいても実際おかしくなかった。

 時を戻す砂時計を使う目的も、僕と同じだとしたら────。

『玲……。玲……っ』

 理解が追いついてきた。
 天使が力を貸しているのは、あの先輩にちがいない。

 そうひらめいたとき、おもむろに悪魔が口を開いた。

「ちなみに“昨日”の結末。死因も流れもちがうけど、あれが本来のシナリオだったんだ」

「本来の? なら……花菜が危険な目に遭って、それを庇ったあの子が代わりに?」

「そうだ、それがオリジナル」

 僕の記憶にある一度目の結末は既に、天使たちによって繰り返された“今日”の中で分岐した、バッドエンドのひとつだったんだ。

 ぞっとする。
 地続きの日々を生きてきたはずなのに、僕は知らないうちにループとタイムリープの檻に閉じ込められていたようだった。

 オリジナルだという本来の“今日”、いったい何が起こったんだろう。

 だけど、ここまで来れば分かる。
 柊先輩たち天使側の目的も、彼らがしてきたことも────。
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