メリーでハッピーなトゥルーエンドを
天使だって言っていた。
彼女が亡くなり、玲が生きるのが正しい本来の運命だと。
死ぬはずだったのは彼女の方なのに、玲が介入してしまったせいでこじれたんだ。
(だめだ。情に流されたら目的を見失う)
俺の使命は玲を守ること。
そして、こじれたシナリオを元通りにすることだ。
忘れちゃいけない。
春野さんも、彼女を救おうとしている不届き者とやらも、みんな俺の敵だ。
────顔を上げると、公園内にいる人影が目に入った。
淡い外灯に照らされてシルエットが浮かび上がっている。
春野さんだ。
そう認識した瞬間、心臓を鷲掴みにされたような気がした。
鞘代わりのタオルを取り払い、包丁の柄を握り締める。
何だか最初よりも重く感じられた。
(……やらないと。俺が)
きつく握り締めていないと取り落としてしまいそうなのに、力を込めすぎて感覚がない。
鈍く光を弾く刃はこんなに禍々しかっただろうか。
(早く)
急がないと何が起こるか分からない。
俺が何もしなければ、玲が死んでしまう。
頭では分かっているのに、どんなに気が急いても身体が動かなかった。
暴れる鼓動に合わせて呼吸ばかりが速くなっていく。
「……っ」
ばかだ、と思った。
俺は自分を買いかぶりすぎていた────人なんて簡単に殺せるわけがないのに。
怖い。怖くてたまらない。
この一線を越えたら、本当にあと戻りできなくなる。
もし玲が知ったらどうする?
兄が人殺しだったら……?
脳裏をちらついたその考えで、自ずと無邪気な玲の笑顔が浮かぶ。
それから、失望して俺を軽蔑する姿を想像したところで気持ちが折れた。
玲だけは裏切れない。
(無理だ……)
少なくとも俺には、春野さんを殺すことなんてできない。
だったら天使に手を下してもらえばいいのか、なんて意地悪で汚い自問に思わず目をつむったときだった。
「……柊先輩?」
公園の出入口付近で金縛りに遭っていた俺に気づいたのか、彼女が声をかけてきた。
目を開ける。
ぱちん、と思考を覆っていた泡みたいな薄い膜が弾けた。
それと同時に、不思議と手元が軽くなる。
「春野さん」
「あ……えっと、こんばんは」
近づいてきたシルエットが上下して、軽く頭を下げたのだと分かった。
考えるより先に包丁を背中に隠していた。
「うん、ごめんね。急に呼び出しちゃって」
「いえ。あの、お話って何ですか? 何かあったんですか……?」
嘘みたいに澱みなく言葉が出てくるし、意識しなくても自然に振る舞えた自分に自分で驚いてしまう。
張り詰めたような彼女の声色は、本気で心配している響きだった。
浮ついて応じたわけじゃなく、よからぬ緊急事態でも起きたんじゃないかと案じてくれているらしい。
「ああ、それがさ────」