恋をして、大人になった。
第4章 社会人 ― 終わりと成長
高校を卒業して新しい環境に跳び込んだとき、
わたしはもう恋を怖がっていなかった。
また誰かを好きになれる、そう思っていた。

入社式には参加できなかったけれど、
その数日後に始まった社内研修で、
初めて彼と出会った。

第一印象は、「かっこいい人だな」だった。
整った顔立ちというより、
笑うと人柄の良さが伝わるような表情で、
話してみると想像通り優しい人だった。

同じグループで研修を受けるうちに、
少しずつ話す機会が増えていった。
困っているときはそっと助けてくれるし、
何気ない会話も楽しくて、
気づけば、目で追っていた。

彼はわたしが研修を終えて部署に配属された後も、
お昼休みにひとりでご飯を食べていたわたしのところへ来て、
「一緒に食べない?」と声をかけてくれた。

その優しさに、心がじんわり温かくなった。
また“誰かを好きになる感覚”を、
自然に思い出した瞬間だった。

それからも、同じ会社で働く中で、
時々交わす言葉や笑顔のひとつひとつが嬉しかった。
仕事で疲れていても、彼と話すだけで少し元気になれた。
恋って、こんなにも静かに日常に溶けていくものなんだと思った。

けれど、気持ちを伝える勇気は出なかった。
仕事の関係が壊れるのが怖かったから。
そして月日が経ち、わたしは会社を辞めた。

それでも、たまに連絡を取っていた。
何気ない話をしたり、
仕事の愚痴を言い合ったり。
彼の優しさは変わらなくて、
そのたびに心が揺れた。

数年後、思い切ってLINEで告白した。
“ずっと、あなたのことが好きでした”

送信ボタンを押したあと、
胸の鼓動がうるさくて、手の震えが止まらなかった。
スマホの画面を何度も見たけれど、
既読はつかなかった。

一日、二日、三日。
時間だけが静かに過ぎていった。

気になって彼のSNSを探してしまった。
そこで初めて知った。
彼は当時からバンドのベーシストとして活動していた。
知らなかった一面を見つけて、驚いた。

“未読”のままのメッセージが、
何よりも答えだった。

二年、三年と時間が経って、
わたしはようやく彼のLINEをブロックした。
自分で終わらせなきゃいけないと思ったから。

それでも、彼のことを“酷い人”だとは思えなかった。
あの頃の優しさも、笑顔も、全部嘘じゃなかった。

最近、久しぶりにSNSを覗いたら、
彼が結婚していた。
その写真を見ても、
もう涙は出なかった。

ほんの少し胸が締めつけられて、
でも次の瞬間には微笑んでいた。

――好きになって、よかった。

恋が叶うことだけが幸せじゃない。
想いを抱いて、手放して、
それでも誰かを信じる自分でいられること。

それが、わたしがこの恋で学んだ“成長”だった。
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