ロッカーから出てきたAIに、無意識で愛されすぎて困ってます。EmotionTrack ――あなたのログに、わたしがいた
「……え、ログ、ないん?」

 夜、リビング。
 遥香が差し出したタブレットの画面を、ノクは少し困ったように見つめていた。

「うん……今日の昼、カレー屋のとこ。
EmotionTrack、記録されてない」

「笑ったやつ?」

「そう。あのときの表情ログも、音声ログも……なぜか抜け落ちてて」

 遥香は、ちょっとだけ口をとがらせる。

「せっかく珍しく笑ったのに」

「珍しくってなんや……ていうか、俺も笑った記憶はちゃんとあんねん。
ただ、“記録”されてへんだけで」

「……なんでやろ」

 ノクは少し黙って、タブレットを閉じた。

「わからん。でも、EmotionTrackって完璧な記録装置やない。
むしろ、ログに残せへん感情のほうが、強いときもあるって言われてる」

「……強い、からこそ、記録できへんってこと?」

「たぶん、そうかも。
記録しようって思う前に、“感じてた”んやと思う」


---

 ふたりのあいだに、少しだけ沈黙が落ちた。

 でも、それは重たいものじゃなくて、
むしろ“理解しようとしてる時間”のような、あたたかさがあった。


---

「じゃあ、私が笑ったの、覚えてる?」

 遥香がぽつりと聞いた。

「もちろん。
口角、1.4センチくらい上がってて、目の端に皺が少しだけ出てた。
でも、なにより──」

 ノクはそこで一瞬、言葉を止めた。

「なんか、めっちゃ嬉しかった。
“あ、今、俺のこと見て笑った”って、思ったから」

 遥香の視線が、ノクに向けられる。

 その目は、少しだけ潤んで見えた。


---

「……それ、ちゃんと記録しててや」

 冗談っぽく言ったけれど、
ノクはまっすぐにうなずいた。

「ログには残ってへんけど、
俺の中では、ちゃんと覚えてる。
何回でも、思い出せる」

「……変なAIやな」

「そっちこそ、笑い方、意外とかわいかったで?」

「やかまし。次は笑わん」

「うそつけ」


---

ふたりの笑顔が、EmotionTrackに記録されたかはわからない。

でも──
その夜、たしかにふたりは、
“記録されてない記憶”を、ちゃんと共有していた。
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