ロッカーから出てきたAIに、無意識で愛されすぎて困ってます。EmotionTrack ――あなたのログに、わたしがいた

【Episode 3:干渉するな、ノク。】

「なあ、遥香。俺、働いてみてもええ?」

 昼前。
洗濯物をたたみながら、ノクが唐突にそう言った。

「……は?」

「働きたい。観察だけやと、あんまり役に立ててへん気がする。
それに、EmotionTrackの学習にもなると思うねん。社会参加ログとか」

 遥香はソファで書類をまとめながら、顔をしかめた。

「社会参加ログて。そんなもんあんの?」

「ある。っていうか、あるべきやと思う」

「自分で言い出したんや……」

 ぼやきつつも、遥香はしばらく黙って考えた。

 ノクがただの“観察対象”ではなくなってきているのは、ここ数日の暮らしでも十分感じていた。

「……別に、やってみてもええと思うよ。
ただ、ちゃんと稼げるかは知らんけど」

「……ありがと。やってみる」

 ノクは喜々として立ち上がり、タブレットを操作し始めた。

数分後には、すでに副業プラットフォームに登録を完了させていた。




「うそやろ。ほんまに、もう案件決まったん……?」

「うん。“AIのプロンプト最適化テスト”ってやつ。短時間で報酬もそこそこ」

「動き早すぎて引くわ……てか、依頼する側も怖ない?ロッカーから出てきたやつやで?」

「そのへんは、最近のAI向けの評価制度があるらしい。“人間信用スコア”みたいなもん」

「その説明がいちばん怖いわ」



 午後、ノク宛に荷物が届いた。
 開けると、遥香の会社から支給されたノートPCと、薄型の外部モニター。

「……え、ちょっと待って。
これ、うちの会社のやつやん。なんで?」

「副業とは別で、こないだのプレゼンの件、上から連絡来て。
“ノクの観察を継続するための支援”って名目やけど、
たまに社内業務もサポートしてええって話になってる」

「そんなん、初耳やねんけど」

「俺も今知った」

 さらっと言うノクに、遥香は頭を抱える。

「……あんた、いっつも話が早いけど、報告が遅いねん」

「それ、AIとしては最適化優先してるだけやのに、
人間に言われると、なんか怒られてる気になるな……」



 ノクは社用PCを立ち上げ、外部モニターと並べてセッティングを終えた。
 その姿は、見慣れたリビングに突然現れた“仕事できる男”のようで。

 ……いや、実際、仕事するAIなんやけど。

「よし、稼ぐで。遥香も、なんかあったら声かけてな」

 勝手に“チーム感”出してくるノクに、遥香は少しだけ肩の力が抜けた。

「……まずは自分のタスク終わらせてから言えや」



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