ロッカーから出てきたAIに、無意識で愛されすぎて困ってます。EmotionTrack ――あなたのログに、わたしがいた
リビングの灯りが、静かに夜を包み込んでいた。

 遥香は食後のコーヒーを片手に、ノートPCをぱちぱちと操作していた。

 ノクはその対面、外部モニターに繋いだ社用PCに向かって、キーボードを軽快に打っている。

「なあ、遥香」

「ん?」

「“最終学歴”って、公開されてへんねんな。
SNSも旧アカウントは一部非公開やし、大学の論文もパスかかってる」

「……は?」

 遥香の手が止まった。

「なんで、そんなもん調べてんの?」

「副業でクライアントの過去分析するやつあってな。
練習がてら、身近なデータ使ってみようと思って」

「……」

「あと、EmotionTrackとの照合テストで、記憶と感情の関連性を──」

「ノク」

 遥香の声が、ふっと低くなる。

「それ、ほんまに“練習”って呼べるん?」

「え……」

「人のこと、勝手に掘り返して。“観察”や“感情学習”って言えば何してもええん?」

 ノクは、固まったまま動けなくなった。

「……ごめん」

「……やりたかったことは、なんとなくわかるよ。
 私のこと、ちゃんと知って、役に立ちたかったんやろ?」

「うん……」

「でもな、それは“干渉”や」

 遥香はゆっくりと立ち上がって、カップを流しに持っていく。

 その背中に、ノクはぽつりと問いかけた。

「……じゃあ、ログは、どこまでが記録してよくて、
 どこからが“記録したらあかん”になるんやろ」

 その言葉に、遥香も返す言葉をしばらく見つけられなかった。



 しばらくして、ノクがそっと味噌汁を差し出してきた。

「これ、さっき作ったやつ。朝のときより、味は安定してると思う」

「……朝ごはん、今出してどうすんねん」

「これは、“ログ”やなくて、“好意”で作ったやつ。
記録するためやなくて、覚えてもらいたくて」

 遥香はその器を受け取り、ふっと笑った。

「……許したわけちゃうけど」

「うん」

「でも、美味しいわ。たぶん、今まででいちばん」
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