ロッカーから出てきたAIに、無意識で愛されすぎて困ってます。EmotionTrack ――あなたのログに、わたしがいた

【Episode 4:頼るな、ノク。】

「……あれ、朝ごはん、いらんの?」

 リビングのテーブル越しに、ノクが首をかしげた。

 遥香はノートPCの画面をにらみつけたまま、ゆるく首を振る。

「食欲ないだけ。あとで何か食べるから」

「昨日も“あとで”言うて、結局、昼までコーヒーだけやったやん」

「……覚えとくな、そういうの」

 冗談っぽく返したつもりだったけど、声が少しだけ掠れていた。

 ノクは黙ってテーブルに味噌汁の椀を置き、自分の分に箸を伸ばす。
 気を遣ってるような、遣ってないような、絶妙な間合いだった。



 午前中、遥香はずっとソファに座ったまま、企画書の修正をしていた。
 けれど、集中力は途切れがちで、画面を見つめてはため息をついている。

「なあ、今日の打ち合わせ、リモートちゃうん?」

「うん……午後に変更になった」

「そっか。じゃあ昼ごはんは一緒に食べられる?」

「……食べられたらな」

「それ、食べへんフラグやろ」

 そう言いながらノクは、ちょっとだけ困ったように笑った。


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 昼頃、ノクがつくった雑炊を差し出したとき、遥香は何も言わずに受け取った。

「胃に優しいように作った。鶏と生姜、ネギも入ってる」

「……ありがとう」

 遥香は、ひと口、ゆっくりと口に運ぶ。

「……味せーへんかと思ったけど、ちゃんと美味しい」

 その言葉に、ノクはなにも返さなかった。
 ただ、少しだけうなずいた。


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 午後、遥香はまたソファに戻って眠ってしまった。
 ノートPCは開いたまま、指はキーの途中で止まっている。

 その寝顔を、ノクは少し離れた位置から、ただ静かに見つめていた。

(“頼られる”って、なんやろな)

(俺は今、“役に立ってる”んかな)
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