御曹司社長の契約溺愛 シンデレラなプロポーズは、夜ごと甘く溶けて
第十一章:偶然のデートと、恋人のふり
週末の土曜日。その日は、蓮も琴音も、特に公的な予定が入っていなかった。
午前中、蓮は自室で仕事をしていたが、昼食後、リビングで新聞を読んでいた。琴音は、真柴のレッスン用の資料を読んでいたが、集中できない。
(愛している、なんて、言えるわけない。彼は感情を不要だと思っているんだから)
契約の花嫁が、契約相手に恋をしてしまった。その事実は、琴音にとって重荷だった。
その時、蓮が新聞から顔を上げ、静かに言った。
「気分転換に、外へ出ないか」
「え?」
突然の誘いに、琴音は驚いた。公的な場への外出はあっても、二人きりの「外出」は初めてだった。
「どういう意味?どこか、パーティにでも?」
「違う。ただの外出だ。ここ最近、君は私の生活圏内に縛られすぎている。合理性を保つためにも、適度な気晴らしは必要だ」
やはり、彼にとっては、これも「合理的な判断」なのだ。琴音はそう思いながらも、内心ではドキドキしていた。
「わかったわ。じゃあ、近所の公園とか、静かなところがいいな」
「好きにしろ」
蓮はそう言いながら、執事に車の手配を命じた。しかし、琴音はそれを制した。
「あの、蓮。今日は、二人で歩かない?車じゃなくて、電車に乗ってみたいの」
蓮の眉間に、わずかに皺が寄る。
「電車?私は何年も乗っていない。非効率だ」
「たまにはいいじゃない。普通の人の生活に戻るのも、気分転換になるわ」
蓮は、しばらく琴音の瞳を見つめた後、ため息をついた。
「……勝手にしろ。ただし、目立つな。私の隣でみっともない真似は許さない」
二人は、普段の高級ブランドではなく、カジュアルだが上質な私服に着替えた。蓮がジーンズを履いている姿を見るのは、琴音にとって初めてだった。その姿は、冷徹な社長というよりも、都会で働く一人のクールな男性に見えた。
最寄りの駅から電車に乗る。蓮は、慣れない満員電車に一瞬顔を顰めたが、すぐにポーカーフェイスに戻った。彼は、琴音を人混みから庇うように、常に壁側に立っていた。
「ここよ、蓮。都立水元公園」
公園に到着すると、蓮は広大な自然の緑を見渡した。
「時間の無駄な場所だと思っていたが……悪くはない」
「でしょう?」
二人は、池の畔をゆっくりと歩いた。蓮はスマホで株価をチェックするでもなく、ただ静かに隣を歩いている。
「ねえ、蓮。蓮は、どうしてそんなに合理的で、感情的にならないの?」
琴音の素朴な問いに、蓮は立ち止まった。
「感情は、判断を鈍らせる。私は子供の頃から、常に勝者であるよう教育された。勝者に不要なものは、切り捨てる」
「じゃあ、私への感情も、切り捨てるべきものなの?」
「君への感情は、『所有欲』という一種の合理的な感情だ。切り捨てる必要はない。むしろ、私のエネルギーの源だ」
彼の返答は、やはり冷たく、琴音は寂しさを感じた。
公園を抜け、二人は古い商店街にある小さなカフェに入った。蓮が、こんな庶民的な店に入るのは、おそらく生まれて初めてだろう。
蓮が注文したのは、店員に勧められるがままの「季節のモンブラン」と「ブレンドコーヒー」。
「……これを、この店の者は『美味しい』と評価するのか」
蓮は、一口食べて顔を顰めた。
「ちょっと!そんな顔しないで。慣れないものを食べてるんだから、感想は優しくね」
琴音は、思わず笑ってしまった。彼のそんな、子供のような不器用な表情を見るのも初めてだった。
蓮は、その顔を静かに見つめていた。
「君は、よく笑うようになったな」
「そう?蓮といると、緊張するばかりかと思ってたけど」
「私の隣で、緊張せずに笑えるようになったのは、良いことだ。君が私に慣れたということだ」
彼はそう言いながら、フォークに残ったモンブランを、そっと琴音の口元に運んできた。
「食べてみろ。君はこういう甘いものが好きだろう」
「っ……!」
琴音は、一瞬の戸惑いの後、蓮のフォークの先のモンブランを口に入れた。
甘い。そして、彼の視線が、熱い。
それは、まるで、本物の恋人がするような、気遣いに満ちた行為だった。彼の言う「合理的」とは、かけ離れた、温かい行為。
帰りの電車の中。陽も落ち、車内は混雑し始めていた。
蓮は、立ったまま、琴音を背中に庇うように立っていた。
その時、電車が急ブレーキをかけた。
「危ない!」
蓮はとっさに、琴音を抱き締め、頭を自分の胸に隠した。
琴音の耳元で、彼の鼓動が激しく響く。強靭な腕の力に、琴音は完全に包み込まれていた。
「……大丈夫か」
蓮の声は、心なしか焦燥を含んでいた。
「うん……ありがとう、蓮」
電車が再び動き出す。蓮は、すぐに琴音を解放したが、その腕の力は、名残惜しそうに、長く琴音の腰を抱いたままだった。
(今のは、契約じゃない。彼は、私を本当に守ってくれた)
タワーマンションに戻った夜、琴音の心は、彼への愛で満たされていた。
彼の冷たい言葉も、独占欲も、すべて彼の孤独から来るものだと理解し始めた。
そして、時折見せる、この「契約外の優しさ」こそが、彼の真実の愛だと信じ始めていた。
それは、契約を越えて、二人の関係を深く結びつける、甘い罠だった。
午前中、蓮は自室で仕事をしていたが、昼食後、リビングで新聞を読んでいた。琴音は、真柴のレッスン用の資料を読んでいたが、集中できない。
(愛している、なんて、言えるわけない。彼は感情を不要だと思っているんだから)
契約の花嫁が、契約相手に恋をしてしまった。その事実は、琴音にとって重荷だった。
その時、蓮が新聞から顔を上げ、静かに言った。
「気分転換に、外へ出ないか」
「え?」
突然の誘いに、琴音は驚いた。公的な場への外出はあっても、二人きりの「外出」は初めてだった。
「どういう意味?どこか、パーティにでも?」
「違う。ただの外出だ。ここ最近、君は私の生活圏内に縛られすぎている。合理性を保つためにも、適度な気晴らしは必要だ」
やはり、彼にとっては、これも「合理的な判断」なのだ。琴音はそう思いながらも、内心ではドキドキしていた。
「わかったわ。じゃあ、近所の公園とか、静かなところがいいな」
「好きにしろ」
蓮はそう言いながら、執事に車の手配を命じた。しかし、琴音はそれを制した。
「あの、蓮。今日は、二人で歩かない?車じゃなくて、電車に乗ってみたいの」
蓮の眉間に、わずかに皺が寄る。
「電車?私は何年も乗っていない。非効率だ」
「たまにはいいじゃない。普通の人の生活に戻るのも、気分転換になるわ」
蓮は、しばらく琴音の瞳を見つめた後、ため息をついた。
「……勝手にしろ。ただし、目立つな。私の隣でみっともない真似は許さない」
二人は、普段の高級ブランドではなく、カジュアルだが上質な私服に着替えた。蓮がジーンズを履いている姿を見るのは、琴音にとって初めてだった。その姿は、冷徹な社長というよりも、都会で働く一人のクールな男性に見えた。
最寄りの駅から電車に乗る。蓮は、慣れない満員電車に一瞬顔を顰めたが、すぐにポーカーフェイスに戻った。彼は、琴音を人混みから庇うように、常に壁側に立っていた。
「ここよ、蓮。都立水元公園」
公園に到着すると、蓮は広大な自然の緑を見渡した。
「時間の無駄な場所だと思っていたが……悪くはない」
「でしょう?」
二人は、池の畔をゆっくりと歩いた。蓮はスマホで株価をチェックするでもなく、ただ静かに隣を歩いている。
「ねえ、蓮。蓮は、どうしてそんなに合理的で、感情的にならないの?」
琴音の素朴な問いに、蓮は立ち止まった。
「感情は、判断を鈍らせる。私は子供の頃から、常に勝者であるよう教育された。勝者に不要なものは、切り捨てる」
「じゃあ、私への感情も、切り捨てるべきものなの?」
「君への感情は、『所有欲』という一種の合理的な感情だ。切り捨てる必要はない。むしろ、私のエネルギーの源だ」
彼の返答は、やはり冷たく、琴音は寂しさを感じた。
公園を抜け、二人は古い商店街にある小さなカフェに入った。蓮が、こんな庶民的な店に入るのは、おそらく生まれて初めてだろう。
蓮が注文したのは、店員に勧められるがままの「季節のモンブラン」と「ブレンドコーヒー」。
「……これを、この店の者は『美味しい』と評価するのか」
蓮は、一口食べて顔を顰めた。
「ちょっと!そんな顔しないで。慣れないものを食べてるんだから、感想は優しくね」
琴音は、思わず笑ってしまった。彼のそんな、子供のような不器用な表情を見るのも初めてだった。
蓮は、その顔を静かに見つめていた。
「君は、よく笑うようになったな」
「そう?蓮といると、緊張するばかりかと思ってたけど」
「私の隣で、緊張せずに笑えるようになったのは、良いことだ。君が私に慣れたということだ」
彼はそう言いながら、フォークに残ったモンブランを、そっと琴音の口元に運んできた。
「食べてみろ。君はこういう甘いものが好きだろう」
「っ……!」
琴音は、一瞬の戸惑いの後、蓮のフォークの先のモンブランを口に入れた。
甘い。そして、彼の視線が、熱い。
それは、まるで、本物の恋人がするような、気遣いに満ちた行為だった。彼の言う「合理的」とは、かけ離れた、温かい行為。
帰りの電車の中。陽も落ち、車内は混雑し始めていた。
蓮は、立ったまま、琴音を背中に庇うように立っていた。
その時、電車が急ブレーキをかけた。
「危ない!」
蓮はとっさに、琴音を抱き締め、頭を自分の胸に隠した。
琴音の耳元で、彼の鼓動が激しく響く。強靭な腕の力に、琴音は完全に包み込まれていた。
「……大丈夫か」
蓮の声は、心なしか焦燥を含んでいた。
「うん……ありがとう、蓮」
電車が再び動き出す。蓮は、すぐに琴音を解放したが、その腕の力は、名残惜しそうに、長く琴音の腰を抱いたままだった。
(今のは、契約じゃない。彼は、私を本当に守ってくれた)
タワーマンションに戻った夜、琴音の心は、彼への愛で満たされていた。
彼の冷たい言葉も、独占欲も、すべて彼の孤独から来るものだと理解し始めた。
そして、時折見せる、この「契約外の優しさ」こそが、彼の真実の愛だと信じ始めていた。
それは、契約を越えて、二人の関係を深く結びつける、甘い罠だった。