御曹司社長の契約溺愛 シンデレラなプロポーズは、夜ごと甘く溶けて

第十章:大学生活との両立と、自覚する想い

神楽坂本家を訪れてから数日後、琴音は久々に大学のキャンパスに足を踏み入れていた。蓮との契約結婚は「実家の事情による長期休学」という名目で処理されていたが、今日は特別に、ゼミの教授に挨拶と書類の提出に来ていたのだ。

真柴の徹底したサポートにより、移動は高級車だったが、キャンパスに入るときには地味な私服に着替え、運転手には遠くで待機するよう命じていた。
(久しぶりの、私の世界)

きらびやかなタワーマンションや、重厚な神楽坂邸とは違い、雑然としているが活気のあるキャンパスの空気は、琴音に安堵感を与えた。
「琴音!」

後ろから、明るい声が聞こえた。振り向くと、親友の里見 梓が、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「梓!久しぶり」
「もう、ほんとに心配したんだから!急に休学するなんて、琴音らしくない。実家、大丈夫なの?」

梓は、琴音の唯一の親友であり、琴音の家族の借金問題については、ぼんやりとしか伝えていない。
「うん、色々と落ち着いてきたの。また少しずつ、講義に出られるようになると思う」

「そっか、よかった!顔色も良くなったね。なんだか、前よりもっと……綺麗になった?」
梓の言葉に、琴音はドキリとした。

綺麗になったのは、真柴の指導と、蓮が用意した高級な生活、そして夜ごとの彼の熱によるものだ。
「そんなことないよ。ちょっと規則正しい生活になっただけ」

二人はキャンパス内のカフェテリアで、久しぶりに他愛ないおしゃべりを楽しんだ。
「ねえ、琴音。私、最近いい感じの人ができたんだけど、なかなか進展しなくてさ〜」
梓はそう言って、カフェラテの泡をストローでつついた。
「どうして?」

「だって、彼は仕事一筋でさ。デートに誘っても、いつも『今は忙しい』って。でも、LINEの返信はマメなの。私、彼のこと、本気で好きになり始めてるんだよね」
梓の悩みに、琴音の心はざわついた。梓の言う「仕事一筋で、感情が読みづらい男性」は、まるで蓮のことではないか。

「梓は、彼のこと、どういうところが好きなの?」
「うーん……冷たいようで、たまに見せる優しさかな。この間、私が体調崩したとき、仕事の合間にわざわざ栄養ドリンクを差し入れしてくれたの。そのときの顔が、すごく不器用でさ。普段完璧な人だからこそ、そういうギャップに弱いんだよね」

(ギャップ……)

琴音は、蓮がパーティの夜、契約外で自分の足をマッサージしてくれた時のことを思い出した。あの瞬間、彼の冷たい仮面の下に、一瞬だけ見えた温もり。
「その優しさが、契約じゃなくて、本当に梓に向けられたものだって、どうして確信できるの?」

琴音の問いは、梓のためではなく、蓮に対する自分自身の疑念を晴らすためのものだった。
梓は不思議そうに琴音を見て、笑った。

「え、確信なんてないよ。でも、私を心配してくれたのは本当だし、優しくしてくれたのも本当。人を好きになるのに、理由や確認がいる?ただ、心が勝手に、その人のことを考えてしまうだけだよ」

梓の純粋な言葉が、琴音の胸に深く突き刺さった。
(心が、勝手に……考えてしまう)
確かに、そうだ。蓮は契約で自分を抱いている。彼の行動は、すべて合理的で、独占欲という名の所有権の主張に過ぎないのかもしれない。

しかし、毎朝、彼がいないベッドで目覚めるたびに感じる虚無感。
仕事でトラブルがあった日、彼が早く帰宅してくれないかと願う気持ち。
他の女性と楽しそうに話す彼を見て、胸が締め付けられる感覚。

(私、蓮のことを……)
それは、恐怖でも、義務でも、感謝でもない。彼の冷たさも、独占欲も、すべてを受け入れた上で、彼を求め、彼に心を許してしまっている、恋心だった。

「どうしたの、琴音?なんか顔が赤いよ。まさか、休学中に彼氏でもできた?」
梓に指摘され、琴音は慌ててカフェラテを飲んでごまかした。
「そんなわけないでしょ!ただの寝不足よ」
「ふーん?」

帰りの車の中で、琴音は先ほど梓と交わした会話を何度も思い出していた。
(蓮は、私を裏切らない契約を選んだ。私は、その契約に救われた)

彼女が蓮に惹かれているのは、彼の持つ絶対的な力と、孤独を抱えた繊細な部分、そして夜の情熱的な支配力だ。
そして何よりも、彼が彼女の抱える「貧乏」という最大の問題を、一瞬で解決してくれたという恩。
しかし、恩だけではない。

タワーマンションに帰宅し、部屋の鍵を開けた瞬間、蓮がすでに帰宅していることに気づいた。
「おかえり、琴音」
蓮はソファで新聞を広げていたが、琴音が入ってきた途端、新聞を閉じ、彼女に視線を集中させた。

その瞬間、琴音の胸は、梓と話していた時とは比べ物にならないほど、強く高鳴った。
この高鳴りは、契約でも義務でもなく、紛れもなく望月琴音自身の感情だ。

(私は、神楽坂蓮を……愛し始めている)
契約結婚という冷たい枷の中で、琴音は自らの熱い恋心を自覚し始めたのだった。その恋心が、今後の二人の関係に、どんな波紋を投げかけるのか、琴音にはまだ知る由もなかった。
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