御曹司社長の契約溺愛 シンデレラなプロポーズは、夜ごと甘く溶けて

第十四章:ライバル社長の登場

契約終了まで残り二ヶ月。琴音の不安とは裏腹に、神楽坂蓮の日常はますます多忙を極めていた。彼は神楽坂グループの次世代技術の開発に全力を注いでおり、毎日のように会食や会議で遅くまで帰宅しなかった。

ある午後、琴音は真柴の指示で、都心の高級レストランで開かれる財界人夫人たちの昼食会に出席していた。妻としての役割を完璧に果たすためだ。
会食は滞りなく進んでいたが、デザートが運ばれてきた時、その場の雰囲気が一変した。

「神楽坂夫人の美しさは、噂以上ですね」
穏やかだが、どこか人を惹きつける、落ち着いた声が聞こえた。

振り向くと、そこに立っていたのは、蓮と同世代と思われる、洗練されたスーツ姿の男性だった。蓮とは違う、親しみやすい笑顔と、柔らかな雰囲気を纏っている。
財界人夫人がざわめく。

「あら、鳴神社長。珍しい方もいらっしゃったわね」
琴音は、その名にドキリとした。この男こそ、蓮が異常なまでの独占欲を見せた、蓮の最大のビジネス上のライバル、鳴神 響だ。

「失礼、昼食会中に。ただ、神楽坂社長とは長年の友人でして。その奥様にご挨拶をしないわけにはいきません」
鳴神はそう言って、優雅に一礼した。蓮は鳴神のことを友人などとは一切呼ばないが、鳴神はわざとそう振る舞うことで、蓮との関係を際立たせているようだった。

「初めまして。神楽坂琴音と申します」
琴音は、真柴の教え通り、優雅だが短い言葉で挨拶を返した。蓮がこの男に嫉妬していることを知っている琴音は、可能な限り早くこの場を立ち去りたかった。

「お美しい。私は、鳴神フーズの鳴神響と申します」
鳴神は、テーブルの隣に座る夫人に断りを入れると、そのまま琴音の椅子に少し身を乗り出した。

「神楽坂社長は、ご多忙ゆえ、奥様をお一人にさせてしまうことも多いでしょう。彼とは、仕事で少々揉め事がありましてね。そのお詫びと言ってはなんですが……よろしければ、私がお茶でもご馳走しましょうか?」

その誘いは、表面上は礼儀正しいが、琴音を蓮から引き離そうとする、明確な意図が感じられた。
夫人たちがざわめく。蓮の妻に、ライバル企業の社長が公然と声をかけるなど、前代未聞だった。

琴音は、一瞬の沈黙の後、優雅な笑みを浮かべた。
「お誘いありがとうございます、鳴神社長。ですが、夫の帰りを待つ用事がございますので。今日は、ご挨拶だけで失礼させていただきます」
琴音は、きっぱりと、しかし優雅に拒絶した。

「それは残念だ。神楽坂社長は、公私ともに人を寄せ付けない方だと聞いております。奥様も、さぞかし大変でしょうに」
鳴神の瞳は、琴音の瞳の奥を覗き込もうとしているようだった。

「ですが、お元気そうで何より。神楽坂様が、こんなに可憐な奥様を手放さないのも頷けます」
鳴神は、一歩引くと、琴音に名刺を渡した。

「失礼いたしました。奥様。もし、神楽坂社長との関係で何かお困りのことがあれば、いつでも私にご連絡ください。私は、彼のやり方には反対ですからね」
鳴神の言葉は、蓮の「契約結婚」の裏を知っていることを匂わせる、挑発的なものだった。

琴音は名刺を受け取るのが精一杯だった。その場はすぐに収拾され、鳴神は他の客に挨拶をして立ち去ったが、琴音の心には大きな波紋が残った。
(彼は、私たちの契約を知っている……?)

タワーマンションに帰宅した琴音は、鳴神の名刺をテーブルの隅に置いた。蓮が帰ってきたとき、どのように話そうか悩んでいた。
深夜。蓮が帰宅した。彼の顔は疲れていたが、部屋に入った途端、その視線はテーブルの上の名刺に釘付けになった。

「これは、どういうことだ、琴音」
蓮の声は低く、怒りを含んでいる。おそらく、会食に出席していた夫人たちから、すでに報告を受けているのだろう。

「鳴神社長が、昼食会に来て、ご挨拶をされたの。私が断ったから、すぐに帰られたわ」
琴音は正直に答えた。

蓮は、テーブルに手を叩きつけ、名刺を鷲掴みにした。
「なぜ、私の許可なく、彼の名刺を受け取った!君は私がこの男をどう思っているか知っているはずだ」
「断った証として、受け取らざるを得なかったの。それに、すぐにあなたの元へ帰ったわ。鳴神社長の誘いに乗るわけないじゃない!」

琴音は、必死に訴えた。蓮の嫉妬と怒りが、契約終了への不安を掻き立てる。
「私の誘いを断ったのか。その返答は優秀だ」
蓮はそう言いながらも、怒りは収まらない。

「だが、あの男の視線に触れたこと、そして、君が私を拒否する理由を、あの男に与えたことが許せない」
蓮は、名刺を目の前で引き裂くと、激しい怒りと独占欲に満ちた瞳で琴音を見つめた。

「君のすべては私のものだ。彼の、あの甘い言葉の誘惑など、私の体と愛撫で、完全に上書きしてやる」
蓮は、琴音の腕を掴み、問答無用で寝室へと連れ去った。鳴神の登場は、蓮の独占欲を再燃させ、二人の間に、契約を越えた新たな緊張感があった。
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