御曹司社長の契約溺愛 シンデレラなプロポーズは、夜ごと甘く溶けて
第三章:極上と絶望の境界線
契約に同意した途端、望月琴音の世界は音を立てて形を変え始めた。
真柴が淡々と指示を出すたび、段ボールが積み上がり、琴音の生活の匂いがひとつずつ消えていく。
狭い部屋の中を、テキパキと動くスーツの気配だけが支配していた。
「こちらは処分いたします。……よろしいですね、望月様?」
「は、はい……」
古びたテーブルが運び出されていくのを、琴音は呆然と見つめた。
布団、カーペット、安物の棚。
学生生活を支えてくれたすべてが、音もなく消えていく。
「ご報告です。ご家族の負債は神楽坂ホールディングスにて一括返済が完了しました」
「……本当に、全部……?」
「ええ。すべて。これでご家族は解放されます」
胸がじんと熱くなった。
その温度と同時に、背筋に冷たいものが落ちる。
――その代わりに、一年間、私は。
(蓮さんの……妻になる)
大学の休学も、友人への連絡も、すべて真柴が処理した。
「友人へのご説明は『実家の都合で地方へ』で統一いたしました。問題ありません」
「ありがとうございます……」
琴音は、もう「自分で選ぶ」という行為から切り離されたような感覚に陥っていた。
アパートを出る最後の瞬間、古い木の扉にそっと手を触れる。
(……さよなら)
鍵を返し、黒塗りの車に乗り込むと、窓の景色は一瞬で変わっていった。
錆びた看板、安い弁当屋、学生向けアパート。
そのすべてが遠ざかり、代わりに光り輝く街のビル群が迫りあがる。
「ここ……?」
車が停まったのは、都心屈指の最高級レジデンス。
夜空の星より高い場所まで、ガラスの壁がそびえ立つ。
エレベーターで最上階へ案内されると、扉が開いた瞬間――琴音は思わず息を呑んだ。
リビングの向こう、天井まで届く大きな窓。
そこには、東京の夜景が絨毯のように広がっている。
「……っ」
光と闇が交差し、街が宝石のように瞬いている。
足元がふわりと浮くような感覚に襲われた。
「こちらが望月様のお部屋です」
真柴が案内した寝室は、ホテルのスイートのように広く、
柔らかな照明、白いリネン、香水のような微かな香りまで整えられていた。
「このクローゼットの中はすべて、社長が望月様のためにご用意された物です」
扉を開けると、上質な生地のワンピース、コート、靴、バッグ。
整然と並ぶ“別世界の服たち”に、琴音の喉が乾いた。
「こ、こんな……高そうな……」
「これからの望月様の日常になります。ただし、社長のお好みから外れた服は着用なさらないように」
釘を刺すように言われ、胸が強く縮む。
(ここは……豪華だけど、檻なんだ)
夜。
真柴が退室すると、広すぎるリビングに琴音ひとりが残された。
時計の針の音が、やけに大きく聞こえる。
ソファの端に座り、夜景を眺めるが、胸のざわめきは収まらなかった。
「……本当に、これが私の未来なのかな」
そっと立ち上がり、窓際へ歩いたその時――
重い扉が開く音がした。
「ただいま」
低い声が静寂を切り裂く。
振り返った琴音の視界に、神楽坂蓮が現れた。
スーツ姿のまま、ネクタイを少し緩めている。
冷たい印象の中に、仕事終わりの熱が漂っていた。
「……お、おかえりなさい、神楽坂様」
蓮は一歩近づき、琴音を見つめる。
「“様”はいらない。公の場以外では『蓮』と呼べ」
「れ、蓮……さん」
「“さん”も不要だ」
言葉は冷ややかだが、その目は琴音を逃がさない光を宿していた。
蓮は琴音の顎に指を添え、軽く持ち上げる。
「私の家へようこそ、琴音」
静かな声が、耳のすぐ近くで落ちる。
「君は契約を受け入れた。借金は消え、家族は守られた。……だからこそ、君には私の庇護下で生きてもらう」
指先が唇の輪郭をなぞる。
ぞくり、と背筋が跳ねた。
「その代わり、君は――私に従順でなければならない」
蓮は琴音の顔から手を離し、ソファに腰を下ろした。
「夕食は?」
「は、はい……真柴さんが用意してくださって……」
「そうか」
ワイングラスに注ぐ赤い液体。
グラス越しに見える彼の横顔は、どこまでも冷静で、美しかった。
蓮は静かにグラスを置き、立ち上がる。
「今夜から、君は“妻”として振る舞うことになる。覚悟はできているな?」
琴音の心臓が大きく跳ねた。
「……はい」
蓮はゆっくりと琴音の目の前に立つ。
その長い指が、パジャマの襟元を優しく、けれど確実に掴んだ。
「まずは――その貧しい暮らしで身についた“野暮”を、一つずつ剥がしていく」
息が止まる。
「私の妻は、美しく、そして……私の熱に敏感であるべきだ」
次の瞬間、琴音の身体は蓮の腕に抱き上げられていた。
「きゃ……っ」
思わず声が漏れる。
蓮の腕は冷たく、でもどこか安心するほど力強い。
蓮は迷いなく寝室へ向かった。
琴音は理解した。
ここは極上の楽園であり、同時に絶望の檻だ。
そして――
この夜から、望月琴音と神楽坂蓮の
甘く残酷な“契約の夜”が、静かに幕を開ける。
真柴が淡々と指示を出すたび、段ボールが積み上がり、琴音の生活の匂いがひとつずつ消えていく。
狭い部屋の中を、テキパキと動くスーツの気配だけが支配していた。
「こちらは処分いたします。……よろしいですね、望月様?」
「は、はい……」
古びたテーブルが運び出されていくのを、琴音は呆然と見つめた。
布団、カーペット、安物の棚。
学生生活を支えてくれたすべてが、音もなく消えていく。
「ご報告です。ご家族の負債は神楽坂ホールディングスにて一括返済が完了しました」
「……本当に、全部……?」
「ええ。すべて。これでご家族は解放されます」
胸がじんと熱くなった。
その温度と同時に、背筋に冷たいものが落ちる。
――その代わりに、一年間、私は。
(蓮さんの……妻になる)
大学の休学も、友人への連絡も、すべて真柴が処理した。
「友人へのご説明は『実家の都合で地方へ』で統一いたしました。問題ありません」
「ありがとうございます……」
琴音は、もう「自分で選ぶ」という行為から切り離されたような感覚に陥っていた。
アパートを出る最後の瞬間、古い木の扉にそっと手を触れる。
(……さよなら)
鍵を返し、黒塗りの車に乗り込むと、窓の景色は一瞬で変わっていった。
錆びた看板、安い弁当屋、学生向けアパート。
そのすべてが遠ざかり、代わりに光り輝く街のビル群が迫りあがる。
「ここ……?」
車が停まったのは、都心屈指の最高級レジデンス。
夜空の星より高い場所まで、ガラスの壁がそびえ立つ。
エレベーターで最上階へ案内されると、扉が開いた瞬間――琴音は思わず息を呑んだ。
リビングの向こう、天井まで届く大きな窓。
そこには、東京の夜景が絨毯のように広がっている。
「……っ」
光と闇が交差し、街が宝石のように瞬いている。
足元がふわりと浮くような感覚に襲われた。
「こちらが望月様のお部屋です」
真柴が案内した寝室は、ホテルのスイートのように広く、
柔らかな照明、白いリネン、香水のような微かな香りまで整えられていた。
「このクローゼットの中はすべて、社長が望月様のためにご用意された物です」
扉を開けると、上質な生地のワンピース、コート、靴、バッグ。
整然と並ぶ“別世界の服たち”に、琴音の喉が乾いた。
「こ、こんな……高そうな……」
「これからの望月様の日常になります。ただし、社長のお好みから外れた服は着用なさらないように」
釘を刺すように言われ、胸が強く縮む。
(ここは……豪華だけど、檻なんだ)
夜。
真柴が退室すると、広すぎるリビングに琴音ひとりが残された。
時計の針の音が、やけに大きく聞こえる。
ソファの端に座り、夜景を眺めるが、胸のざわめきは収まらなかった。
「……本当に、これが私の未来なのかな」
そっと立ち上がり、窓際へ歩いたその時――
重い扉が開く音がした。
「ただいま」
低い声が静寂を切り裂く。
振り返った琴音の視界に、神楽坂蓮が現れた。
スーツ姿のまま、ネクタイを少し緩めている。
冷たい印象の中に、仕事終わりの熱が漂っていた。
「……お、おかえりなさい、神楽坂様」
蓮は一歩近づき、琴音を見つめる。
「“様”はいらない。公の場以外では『蓮』と呼べ」
「れ、蓮……さん」
「“さん”も不要だ」
言葉は冷ややかだが、その目は琴音を逃がさない光を宿していた。
蓮は琴音の顎に指を添え、軽く持ち上げる。
「私の家へようこそ、琴音」
静かな声が、耳のすぐ近くで落ちる。
「君は契約を受け入れた。借金は消え、家族は守られた。……だからこそ、君には私の庇護下で生きてもらう」
指先が唇の輪郭をなぞる。
ぞくり、と背筋が跳ねた。
「その代わり、君は――私に従順でなければならない」
蓮は琴音の顔から手を離し、ソファに腰を下ろした。
「夕食は?」
「は、はい……真柴さんが用意してくださって……」
「そうか」
ワイングラスに注ぐ赤い液体。
グラス越しに見える彼の横顔は、どこまでも冷静で、美しかった。
蓮は静かにグラスを置き、立ち上がる。
「今夜から、君は“妻”として振る舞うことになる。覚悟はできているな?」
琴音の心臓が大きく跳ねた。
「……はい」
蓮はゆっくりと琴音の目の前に立つ。
その長い指が、パジャマの襟元を優しく、けれど確実に掴んだ。
「まずは――その貧しい暮らしで身についた“野暮”を、一つずつ剥がしていく」
息が止まる。
「私の妻は、美しく、そして……私の熱に敏感であるべきだ」
次の瞬間、琴音の身体は蓮の腕に抱き上げられていた。
「きゃ……っ」
思わず声が漏れる。
蓮の腕は冷たく、でもどこか安心するほど力強い。
蓮は迷いなく寝室へ向かった。
琴音は理解した。
ここは極上の楽園であり、同時に絶望の檻だ。
そして――
この夜から、望月琴音と神楽坂蓮の
甘く残酷な“契約の夜”が、静かに幕を開ける。