御曹司社長の契約溺愛 シンデレラなプロポーズは、夜ごと甘く溶けて
第ニ章 選んでしまった未来
明け方の太陽が、汚れた窓ガラス越しに望月琴音の六畳間へ差し込んだ。
「……ゆめ、じゃないよね」
目覚めた琴音は、ぼんやりと天井を見つめた。軋むベッド。湿気の染みついた壁。いつも通りの、貧しい学生の部屋。
だが胸の奥だけが、昨夜の熱をまだ引きずっている。
(神楽坂社長……契約……“妻”)
昨夜の出来事が夢でないと悟った瞬間、体が強張った。熱こそ下がったものの、胸のざわめきと現実感のなさは残ったままだ。
テーブルの上には、彼の名刺が置かれている。
神楽坂ホールディングス
代表取締役社長 神楽坂 蓮
印刷された文字でさえ、有無を言わせぬ力を持っていた。
(どうして……私なんだろう)
琴音は鏡に映る自分を見た。
地味なTシャツにジーンズ。メイクもしていない、眠そうな女子大生の顔。
「美人でもないし、家柄もない。選ばれる理由なんて、一つも……」
社長の気まぐれか。
それとも、追い詰められていて“誰でもよかった”のか。
考えれば考えるほど、彼の意図は霧のように掴めない。胸の奥には、理解できない恐怖にも似た感情が滲んだ。
だが同時に――
昨夜、彼が言った「君の悩みをすべて解決できる」という言葉が、琴音の心を深く抉り続けていた。
家族の抱える、多額の借金。
ピンポーン。
インターホンの無機質な電子音が、朝の静寂を裂いた。
「望月琴音様でいらっしゃいますか。神楽坂社長の秘書でございます」
整った、冷ややかな女性の声。
琴音は慌てて玄関を開けた。
そこに立っていたのは、黒のタイトスカートスーツに身を包んだ、美しい女性。三十代前半。完璧に磨かれたプロのオーラを放っていた。
「失礼いたします。神楽坂社長の秘書、真柴と申します」
部屋を一瞥しただけで状況を把握したようだが、表情は微動だにしない。
「昨夜の社長からのご提案について、契約内容を説明に参りました」
真柴はタブレットを開き、淡々と読み上げた。
「契約期間は一年。延長の可能性あり。
一つ目――神楽坂蓮の妻として、公的行事へ出席すること。
二つ目――社交界に必要なマナー・教養の習得。
三つ目――」
一呼吸置いて、タブレットを琴音に向ける。
そこには、見慣れた銀行名、業者名、親族名が並び、金額まで細かく記されていた。
「こちらが、望月様のご家族が抱える負債一覧でございます」
「……っ」
なぜ、この人たちが知っているのか。
息が詰まるほどの恐怖。
「ご安心ください。契約成立と同時に、すべて神楽坂ホールディングスより返済されます」
そして真柴は、静かに続けた。
「四つ目――社長の夜のご要求を、拒否しないこと」
琴音の心臓が跳ねる。
昨夜触れられた熱が、瞬時に蘇る。
「……拒否、しない、とは……そのままの意味ですか」
「はい。契約期間中、社長は夫婦生活におけるいかなる要求も行う権利を有します。望月様は、それを拒めません」
冷たい視線が、琴音の奥まで刺し込む。
「社長は合理主義者です。この契約は、あなたのご家族を救う代わりに、社長の社会的地位と、個人的欲求を満たすためのもの」
(個人的……欲求)
昨夜の彼の瞳、熱、腕の強さ――。
琴音の喉がかすかに震える。
「愛情は求められません。必要なのは、完璧な妻としての振る舞いと、夜の従順さのみです」
「……もし、断ったら?」
真柴は契約書ファイルを開いた。
「借金は返済されません。ご家族は、さらに追い詰められる。――望月様、あなたに拒否権はございません」
淡々と告げながらも、言葉には圧倒的な重みがあった。
「一時間、猶予を差し上げます。ご家族の安全か、神楽坂蓮の妻という地位か。ご判断ください。期限を過ぎれば、この契約は無効です」
真柴は時刻を告げ、玄関で静かに待機した。
琴音は震える指で負債一覧を握り締めた。
脳裏に浮かぶ、やつれた両親の顔。
借金取りに怯える家族の姿。
(契約……私の一年を、彼に差し出す)
神楽坂蓮の冷たい瞳。
ふと見せた優しさ。
そして――抗いようもなく惹きつけられた、男としての強烈な存在感。
夜の要求を拒否できない契約。
羞恥、恐怖、そして……わずかな好奇心。
残り、五分。
琴音はゆっくりと顔を上げた。
真柴が、静かに彼女を見つめている。
「……決めました」
声は震えていなかった。
「私……神楽坂蓮様の妻になります」
その一言は、貧しい学生生活に終止符を打ち――
琴音を、煌びやかな地獄へ。
あるいは、極上の楽園へ導く第一歩となった。
「……ゆめ、じゃないよね」
目覚めた琴音は、ぼんやりと天井を見つめた。軋むベッド。湿気の染みついた壁。いつも通りの、貧しい学生の部屋。
だが胸の奥だけが、昨夜の熱をまだ引きずっている。
(神楽坂社長……契約……“妻”)
昨夜の出来事が夢でないと悟った瞬間、体が強張った。熱こそ下がったものの、胸のざわめきと現実感のなさは残ったままだ。
テーブルの上には、彼の名刺が置かれている。
神楽坂ホールディングス
代表取締役社長 神楽坂 蓮
印刷された文字でさえ、有無を言わせぬ力を持っていた。
(どうして……私なんだろう)
琴音は鏡に映る自分を見た。
地味なTシャツにジーンズ。メイクもしていない、眠そうな女子大生の顔。
「美人でもないし、家柄もない。選ばれる理由なんて、一つも……」
社長の気まぐれか。
それとも、追い詰められていて“誰でもよかった”のか。
考えれば考えるほど、彼の意図は霧のように掴めない。胸の奥には、理解できない恐怖にも似た感情が滲んだ。
だが同時に――
昨夜、彼が言った「君の悩みをすべて解決できる」という言葉が、琴音の心を深く抉り続けていた。
家族の抱える、多額の借金。
ピンポーン。
インターホンの無機質な電子音が、朝の静寂を裂いた。
「望月琴音様でいらっしゃいますか。神楽坂社長の秘書でございます」
整った、冷ややかな女性の声。
琴音は慌てて玄関を開けた。
そこに立っていたのは、黒のタイトスカートスーツに身を包んだ、美しい女性。三十代前半。完璧に磨かれたプロのオーラを放っていた。
「失礼いたします。神楽坂社長の秘書、真柴と申します」
部屋を一瞥しただけで状況を把握したようだが、表情は微動だにしない。
「昨夜の社長からのご提案について、契約内容を説明に参りました」
真柴はタブレットを開き、淡々と読み上げた。
「契約期間は一年。延長の可能性あり。
一つ目――神楽坂蓮の妻として、公的行事へ出席すること。
二つ目――社交界に必要なマナー・教養の習得。
三つ目――」
一呼吸置いて、タブレットを琴音に向ける。
そこには、見慣れた銀行名、業者名、親族名が並び、金額まで細かく記されていた。
「こちらが、望月様のご家族が抱える負債一覧でございます」
「……っ」
なぜ、この人たちが知っているのか。
息が詰まるほどの恐怖。
「ご安心ください。契約成立と同時に、すべて神楽坂ホールディングスより返済されます」
そして真柴は、静かに続けた。
「四つ目――社長の夜のご要求を、拒否しないこと」
琴音の心臓が跳ねる。
昨夜触れられた熱が、瞬時に蘇る。
「……拒否、しない、とは……そのままの意味ですか」
「はい。契約期間中、社長は夫婦生活におけるいかなる要求も行う権利を有します。望月様は、それを拒めません」
冷たい視線が、琴音の奥まで刺し込む。
「社長は合理主義者です。この契約は、あなたのご家族を救う代わりに、社長の社会的地位と、個人的欲求を満たすためのもの」
(個人的……欲求)
昨夜の彼の瞳、熱、腕の強さ――。
琴音の喉がかすかに震える。
「愛情は求められません。必要なのは、完璧な妻としての振る舞いと、夜の従順さのみです」
「……もし、断ったら?」
真柴は契約書ファイルを開いた。
「借金は返済されません。ご家族は、さらに追い詰められる。――望月様、あなたに拒否権はございません」
淡々と告げながらも、言葉には圧倒的な重みがあった。
「一時間、猶予を差し上げます。ご家族の安全か、神楽坂蓮の妻という地位か。ご判断ください。期限を過ぎれば、この契約は無効です」
真柴は時刻を告げ、玄関で静かに待機した。
琴音は震える指で負債一覧を握り締めた。
脳裏に浮かぶ、やつれた両親の顔。
借金取りに怯える家族の姿。
(契約……私の一年を、彼に差し出す)
神楽坂蓮の冷たい瞳。
ふと見せた優しさ。
そして――抗いようもなく惹きつけられた、男としての強烈な存在感。
夜の要求を拒否できない契約。
羞恥、恐怖、そして……わずかな好奇心。
残り、五分。
琴音はゆっくりと顔を上げた。
真柴が、静かに彼女を見つめている。
「……決めました」
声は震えていなかった。
「私……神楽坂蓮様の妻になります」
その一言は、貧しい学生生活に終止符を打ち――
琴音を、煌びやかな地獄へ。
あるいは、極上の楽園へ導く第一歩となった。