御曹司社長の契約溺愛 シンデレラなプロポーズは、夜ごと甘く溶けて

第七章:部屋での二人と、優しさの欠片

チャリティパーティから帰宅した二人は、長い夜の役割を終えた後、深く求め合った。
情事の後の、静寂。
琴音は、蓮の広い胸板に頭を乗せ、規則正しい彼の鼓動を聞いていた。絹のシーツは熱を持ち、部屋には二人の吐息の余韻だけが漂っている。

「……蓮様」
琴音は、静かに彼の名をつぶやいた。
「『様』は不要だと、何度言えば覚える」
蓮の声は、夜の熱を帯びているが、どこか満足げだった。彼は琴音の長い髪を指に絡め、ゆっくりと梳く。
「ごめんなさい……蓮」
「それでいい」

蓮は、満足そうに答えた。夜の彼は、常に琴音に自分の名を呼ばせる。それは、契約というよりも、一人の男としての、絶対的な承認欲求のように感じられた。
(これが、彼の夜の顔……)

琴音は、昼間、会場で見た、冷徹で合理的な社長の姿を思い浮かべる。そして、今、自分の肌に触れている、この熱い体温。二つの顔のギャップが、琴音の心を揺さぶり続けていた。

蓮は突然、体勢を変え、ベッドサイドのランプを点けた。
「少し、足を上げろ」
「え……?」
言われるままに琴音が足を少し上げると、蓮はシーツから身を起こし、ベッドサイドに座った。
彼は、琴音がパーティで履いていたハイヒールを、ベッドの下から取り上げた。

「一日中、慣れないヒールで立っていたのだろう。足が張っている」
蓮はそう言うと、何の躊躇もなく、琴音の細い足首を掴んだ。そして、彼の大きな手が、琴音のふくらはぎと土踏まずを、ゆっくりと、丁寧に揉み始めた。
「っ……!」

温かい。そして、痛気持ちいい。
琴音は驚き、体を硬くした。この男が、こんなにも優しく、しかも無償で、自分に触れることがあるとは、想像もしていなかった。
「あ、あの、蓮……自分でやります」
「黙っていろ」

蓮は、目を伏せたまま、マッサージに集中している。その表情は、仕事で難題を解くときのように真剣で、どこか無愛想だった。
「これは、契約外だ。仕事でもない」
琴音の心に、電流が走った。契約外。それは、彼が合理性や義務ではなく、彼自身の意思で、この行為をしているということだ。

「なぜ、そんなことを……」
「君は、今日一日、私の隣で完璧な役割を果たした。その対価を、私は契約の夜以外で支払っても、問題はないと判断した」

やはり、すべてが合理的な彼の判断なのか。琴音はそう思おうとした。
だが、彼の指先から伝わる熱と、体への気遣いは、どうしても「優しさ」だと感じてしまう。

マッサージが終わり、蓮は静かに立ち上がった。
「これで、明日の行動に支障は出ないだろう」
そう言って、彼は何もなかったかのように、バスルームへ向かおうとした。
「あの、蓮!」

琴音は思わず、彼の名を呼んだ。そして、蓮が振り返った隙に、ベッドから飛び降り、彼の背中に抱きついた。
「今夜は……ありがとうございました。昼も、夜も、すべて」

タキシードを脱いだ彼の背中は広く、固く、そして温かい。その温かさが、琴音の涙腺を緩ませた。
「あの、会場で、私を庇ってくださったとき……とても、嬉しかったです」

蓮の体が、一瞬だけ硬直したのがわかった。
「庇う?あれは、私の所有物が侮辱されたことに対する、合理的な対処だ。私には、私のビジネスパートナーの妻が、不当に貶められるのを許す趣味はない」
彼は、あくまで「合理性」を盾にする。しかし、琴音には、彼の言葉に微かな動揺が含まれているのがわかった。
「……それでも、嬉しかったです」

琴音は、そう言って、彼の背中にもっと強くしがみついた。


蓮は、大きく息を吐いた。そして、諦めたように、ゆっくりと振り返る。
「……まったく、面倒な女だな」
そう言いながらも、彼は抱きついたままの琴音を、決して振り払わなかった。
そして、優しく、乱暴に、琴音の頭を彼の胸に埋もれさせた。

「君は、私が用意した最高の環境で、私に求められていればいい。それ以上の感情も、煩わしい。……わかったか」
彼の言葉は冷たいが、その抱擁は強く、まるで琴音を外界から守ろうとしているかのように感じられた。

(そう、彼は冷たい。でも……この温かさは、何?)
琴音は、彼の冷徹な仮面の下に、一瞬だけ垣間見えた、まるで凍てついた湖の底に沈む光のような、「優しさ」の欠片を感じ取った。

それは、彼女の心の中に、契約とは違う、恋という名の感情の芽を、静かに植え付けた瞬間だった。
この冷たい御曹司社長は、本当に自分を愛していないのだろうか?琴音の、純粋な問いが始まった夜だった。
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