敏腕社長の密やかな溺愛
1.プロローグ
広すぎる大理石のカウンターキッチン。
その目の前に広がるさらに広いリビング。
リビングの天井ではシャンデリアがキラキラと輝いているのが目の端に映っている。
(春子さんのご自宅がこんなに立派だったなんて……!)
上品な女性の横で、小野千明(おのちあき)はナイフを握りしめながら固い笑みを浮かべていた。
千明の戸惑いをよそに、上品な女性は楽しそうに微笑んでいる。
「今日は先生が来てくれて本当に助かったわ。私一人じゃ、絶対間に合わなかったもの」
恥ずかしそうに笑み浮かべている彼女――逢坂春子(おうさかはるこ)は、千明の母親くらいの年代だ。上品さと少女のような無邪気さを併せ持つ魅力的な女性だった。
そんな彼女に『先生』と呼ばれた千明は内心苦笑しながら目の前の玉ねぎを手に取った。
「春子さんなら一人でも大丈夫だったと思いますけど……あと少し、頑張りましょうね」
「えぇ!」
春子と千明、二人は野菜を手にもってナイフを当てた。
ベジタブルカービング――野菜や果物を花や動物など様々な形にカットする彫刻技法。
千明が大学の頃からはまっている趣味で、趣味が高じて小さな教室を開いているのだ。
『今度、夫の誕生日なの。お料理にカービングの作品をたくさん添えたいんだけど、一人じゃ自信なくて……先生、手伝ってもらえないかしら? もちろんお代はお支払するわ!』
今日は生徒の一人である春子に頼まれて、彼女の家で一緒に作品を作っていた。
「夫が喜ぶのが目に浮かぶわ。あの人ね、こういうのが好きなのよ」
「楽しみですね」
(春子さん、すごく嬉しそう。こんな豪邸に住んでいるのに、手作りのお祝いだなんて素敵だな。緊張もほぐれてきたし、お役に立てるように頑張らないとね)
千明は少し難易度の高い花を作り出す。料理の横に添えるとテーブルが少しだけ華やいだ。
「あらー先生素敵だわ! ふふふっ、一人でやるよりずっと楽しいわ」
「でもそろそろ完成させないと、プレゼントのご用意とかもなさるんですよね?」
「大丈夫よ! 久しぶりに息子が帰ってくるから、取りに行かせてるの。本当にあの子ったら仕事仕事で……まったく誰に似たのやら」
わざとらしくため息をつく春子だが、表情からは嬉しさが滲み出ている。
息子と二人で夫の誕生日を祝う。それが嬉しくてたまらないのだろう。
「春子さんもバリバリ働いてらしたはずでは?」
「ふふふっ、そうだったかしら?」
春子と千明が笑い合った時、扉の開く音が聞こえた。
千明が顔をあげると、そこには長身の男性が立っていた。
「あら、噂をすれば。息子の和弘(かずひろ)です。ほら和弘もご挨拶して。前にも話したでしょう? 私の先生よ」
春子が千明の肩に触れると、目の前の男性は驚くほど目を丸くしていた。
「はじめまして、小野千明と申します。今日はお邪魔しております」
千明が頭を下げると、彼は持っていた鞄をゴトリと落とした。
その目の前に広がるさらに広いリビング。
リビングの天井ではシャンデリアがキラキラと輝いているのが目の端に映っている。
(春子さんのご自宅がこんなに立派だったなんて……!)
上品な女性の横で、小野千明(おのちあき)はナイフを握りしめながら固い笑みを浮かべていた。
千明の戸惑いをよそに、上品な女性は楽しそうに微笑んでいる。
「今日は先生が来てくれて本当に助かったわ。私一人じゃ、絶対間に合わなかったもの」
恥ずかしそうに笑み浮かべている彼女――逢坂春子(おうさかはるこ)は、千明の母親くらいの年代だ。上品さと少女のような無邪気さを併せ持つ魅力的な女性だった。
そんな彼女に『先生』と呼ばれた千明は内心苦笑しながら目の前の玉ねぎを手に取った。
「春子さんなら一人でも大丈夫だったと思いますけど……あと少し、頑張りましょうね」
「えぇ!」
春子と千明、二人は野菜を手にもってナイフを当てた。
ベジタブルカービング――野菜や果物を花や動物など様々な形にカットする彫刻技法。
千明が大学の頃からはまっている趣味で、趣味が高じて小さな教室を開いているのだ。
『今度、夫の誕生日なの。お料理にカービングの作品をたくさん添えたいんだけど、一人じゃ自信なくて……先生、手伝ってもらえないかしら? もちろんお代はお支払するわ!』
今日は生徒の一人である春子に頼まれて、彼女の家で一緒に作品を作っていた。
「夫が喜ぶのが目に浮かぶわ。あの人ね、こういうのが好きなのよ」
「楽しみですね」
(春子さん、すごく嬉しそう。こんな豪邸に住んでいるのに、手作りのお祝いだなんて素敵だな。緊張もほぐれてきたし、お役に立てるように頑張らないとね)
千明は少し難易度の高い花を作り出す。料理の横に添えるとテーブルが少しだけ華やいだ。
「あらー先生素敵だわ! ふふふっ、一人でやるよりずっと楽しいわ」
「でもそろそろ完成させないと、プレゼントのご用意とかもなさるんですよね?」
「大丈夫よ! 久しぶりに息子が帰ってくるから、取りに行かせてるの。本当にあの子ったら仕事仕事で……まったく誰に似たのやら」
わざとらしくため息をつく春子だが、表情からは嬉しさが滲み出ている。
息子と二人で夫の誕生日を祝う。それが嬉しくてたまらないのだろう。
「春子さんもバリバリ働いてらしたはずでは?」
「ふふふっ、そうだったかしら?」
春子と千明が笑い合った時、扉の開く音が聞こえた。
千明が顔をあげると、そこには長身の男性が立っていた。
「あら、噂をすれば。息子の和弘(かずひろ)です。ほら和弘もご挨拶して。前にも話したでしょう? 私の先生よ」
春子が千明の肩に触れると、目の前の男性は驚くほど目を丸くしていた。
「はじめまして、小野千明と申します。今日はお邪魔しております」
千明が頭を下げると、彼は持っていた鞄をゴトリと落とした。
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