離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました
「あら、その刺繍は……」

 エレナの言葉にアリシアは手もとのハンカチに目を落とした。
 これは途中まで刺繍して止まったままになっているものだ。
 アリシアは頬を赤らめながら答える。

「ええ。侯爵家の紋章よ。本当に模様が複雑で難しいの。でも、こうして少しずつ進めていくのも悪くないわ」
「出来上がりが楽しみですね。きっと、旦那様もお喜びになりますよ」

 アリシアは笑みを浮かべながら、少しずつ完成に向かっていく刺繍に再び針を通した。
 以前は頑なにフィリクスにはあげないと突っぱねていたが、今は早く完成させて彼に見せたいという気持ちでいっぱいだった。

 それからしばらく、フィリクスは多忙極まりない日々を過ごしていた。アリシアは王都で出会った人々に挨拶状を出したり、宝石細工や刺繍の仕事の件でそれなりに忙しく過ごした。

 それでも晩餐だけはともにした。
 食事はそれほど時間をかけることはできなかったが、お互いにその日の出来事を語り合い、たわいない話に花を咲かせた。

 このまま静かに平穏な暮らしができるような気がしていた。

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