離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました
 フィリクスの出発の日の朝。
 曇りがちな空の下、馬車の前にはすでに同行する護衛騎士たちの準備が整っていた。
 アリシアは小さな包みを胸もとに抱えてフィリクスの前に立つ。

「旦那様、どうかこれをお受け取りください」

 差し出された包みを受け取ったフィリクスは、おもむろにそれを開いて目を細めた。
 ハンカチに浮かぶ刺繍は侯爵家の紋章である。これを女性が男性に渡すことにどういう意味があるのか、彼は当然知っている。

「ありがとう。大切にしよう」

 低く穏やかな声に、アリシアは胸が詰まった。
 フィリクスはさらに静かに言葉を繋いだ。

「戻ってきたら、君に伝えたいことがある」
「……今では、だめですか?」

 問いかけるアリシアの声がわずかに震えた。
 フィリクスは真剣な眼差しでアリシアを見つめて答える。

「大事な話だ。落ち着いて君と話したい」

 アリシアは唇を噛んで、それでも精いっぱい微笑んだ。

「では、待っていますから。どうか、ご無事で」

 フィリクスは頷くと、セインに近づいて声をかけた。

「留守中はしっかり頼む」
「承知しました。ご無理はなさらないよう」
「わかっている」

 ふたりのやりとりは、いつもと少し雰囲気が違うような気がした。
 それでも、アリシアは何も知らされていないので、ただフィリクスの帰りを待つだけだった。

 フィリクスの乗った馬車が遠ざかっていくのを、アリシアは見えなくなるまでずっと見送っていた。

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