離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました
 フィリクスの拳が小さく震える。声には怒りだけでなく、焦りと悔しさが滲んでいる。
 セインは静かにため息をつき、低く呟く。

「……相手があのマンブル伯爵とは」
「言うな。その名を聞くだけで殺意が湧く」

 フィリクスの目が鋭くなり、まるでその場に伯爵がいるかのように睨みつけた。
 セインは冗談を返す気になれず、わずかに眉をひそめる。

(この人は本当に伯爵を殺しそうな勢いだな)

 グレゴリーはすでに伯爵領へ向かっており、邸宅には不在だった。
 だが、屋敷の内部には以前とは微妙な違和感が漂っている。家具の配置が変わり、飾られている置物や調度品も派手でけばけばしい。

「俺は虎より鷹だ」

 フィリクスは虎の置物を見て吐き捨てるように呟く。
 セインは手当てを終えると、ようやく安堵したようにため息をついた。

「しかし、ご無事で何よりです。奥様はずっと、あなたのお帰りを信じておられましたよ」

 その言葉に、フィリクスはふと視線を落とし、静かに呟く。

「……アリシア」

 彼は額に手を当て、目を伏せたまま、深く息をついた。

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