離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました
「あとは、そうだな……」

 長が視線を遠くへ向ける。
 その先を追うと、アリシアが老婆と並んで座り、小さな布に刺繍を施している光景があった。
 穏やかに微笑みながら、糸を通す指先の動きを教えるアリシア。
 老婆も目を輝かせながら、夢中で話をしている。

 アリシアが贈り物として持ってきた刺繍は、老婆にとって初めて見るものだった。村ではあまり娯楽がなく、日々生活のことだけ考えて生きている。
 裁縫といえば、衣類を繕う手段でしかない。
 色とりどりの花や鳥の絵を糸でハンカチに描き、レースや透明な石で飾って輝かせるようなことは、老婆に馴染みがなかったようだ。

 彼女が自分もやってみたいと申し出たので、アリシアはやり方を教えているところだった。

「これからも、時折相手をしてやってもらえないだろうか。たまにでいい。あんな楽しそうな目をした妻は初めてでね」

 そう言って嬉しそうに微笑む長の様子は、まるで自分のことのようにフィリクスには思えた。
 彼にとっても、アリシアが喜ぶ姿を見るのはたまらなく嬉しい。

「ああ、そうだな。そのときは、酒を持ってまた訪れよう」

 フィリクスは自分もここへ来ることの口実を作り、深く頷いた。

< 200 / 208 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop