離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました
 声の主は、アリシアと同じ年頃の青年だった。
 額に布を巻き、汗を滲ませながら重そうな酒樽を抱えている。
 力強くも親しげなその声に、アリシアは微笑みながら彼の名を呼んだ。

「ディーン、お疲れ様」
「ああ。これ本日3回目だぜ。朝から飲んだくれの客が多くてな」

 ディーンはそう言いながら、わざとらしく常連客たちに目配せした。
 すると、ひとりがからかうように声を上げる。

「よかったなあ、ディーン。奥さんが戻ってきてくれてよ」
「そ、そんなんじゃねーよ!」

 赤面しながら声を上げるディーンに、店内はどっと笑いに包まれた。
 ディーンはいたたまれなくなったのか、樽を抱えたまま顔を赤くして店の奥へ引っ込んでしまった。
 その後ろ姿を見送るアリシアに、常連客のひとりが声をかける。

「久しぶりに、あのパイが食べたいんだけど。作ってもらえるかい?」
「そうそう。アリシアのアップルパイ、ずっと食べたかったんだよ」

 他の客たちも次々に声を上げる。
 彼らが口にしているのは、アリシアが作るキャラメルナッツアップルパイのことだ。
 あのパイは一度店で出しただけで大評判になった。

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