離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました
 少し覚悟はしていた。けれど、実際に告げられるとやはり落胆する。
 目を伏せるアリシアに、メルアが続ける。

「あんたには領主の妻としての仕事があるだろう」
「……はい」

 メルアはふっと微笑み、優しくアリシアの肩に手を置いた。

「何しんみりした顔してんだい。何も店に来るなとは言っていないよ」
「え?」
「仕事でなければアップルパイを焼く窯くらい貸してやるさ」
「メルアさん……」

 アリシアの目にじんわりと涙が滲む。

「ありがとうございます」

 微笑みながら静かに涙をこぼすアリシアの肩を、メルアはそっと抱き寄せた。
 周囲も互いに目を見合わせながら、安堵の笑みを浮かべている。
 そんな穏やかな空気の中、ひとりの少年がフィリクスの前におずおずと歩み出た。

「あ、あの、侯爵様! もしその、よければ……握手をしていただけないでしょうか!」

 少年の発言に場の空気がぴたりと止まった。
 全員が「え?」という顔をしている。
 少年の背後からやや呆れた声が上がった。

「何言ってんだ? お前」
「だ、だって、こんな機会は一生ないと思って」
「空気読めよ……ったく」

 周囲がざわつく中、メルアとアリシアは顔を見合わせてふっと笑った。

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