引きこもり令嬢の契約婚約
 セアラの言葉に、アドレイドはかっとなったように反射的に手を振り上げて、セアラの頬を打った。
 頬に熱を感じ、痛みは一瞬遅れてやってくる。

『もう、怒った!』

 ネルは、セアラの手から床に飛び降り、アドレイドの足元に近づく。

「な、なに?」
『えい』

 ネルが両手をアドレイドに向けて伸ばし、体中を光らせる。

「ネルちゃん、何をしているの?」
『私だって聖獣なんだから、特別な力があるんだよ。セアラ、今まで一度も聞かなかったよね」

 確かに、聖獣には人智を超えた力があると言われている。
 しかしセアラには、そもそも誰かの力を借りようという発想があまりない。自分の手でできることはするし、できないことは諦める。それが、困難に対するセアラのスタンスなのだ。

「私はね、土地を豊かにするために、国中を旅していたの。荒れた土地を浄化し、栄養を与える土の魔法。それは、大地に生きる生物にも効果がある……!」
「浄化……?」

 瞬間、ネルが発した光がアドレイドを包んだ。
 彼女は驚いた様子だったが、光が消えると力が抜けたようにソファに崩れ落ちた。

「アドレイド様!」

 どうやら気を失ってしまったらしい。セアラは彼女をソファに寝かせ、ブランケットをかける。
 顔色は悪くなく、呼吸も安定している。熱もないようなので本当にただ眠っているだけのようだ。

「ネルちゃん、今の、なんだったの?」
『アドレイドを取り囲んでいた負の思念みたいなのを浄化したの。悪意とか執念とかの強い感情は、絡みついて増幅することがあるんだよ。今回のは本人の悪意もあるだろうけど、キャンベル公爵の期待……というか執念が強かったんじゃないかな』
「執念?」
『娘を王族に嫁がせるっていうやつ?』
「……そうなの」

 セアラは床に膝をつき、アドレイドの髪を撫でる。
 こうして眠っているところを見れば、あどけない表情をしている。
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