引きこもり令嬢の契約婚約
 セアラは慌てて彼らの許へ駆け寄る。

「あの、エリオット様。彼女、こちらで休ませてあげては……」

 エリオットや騎士たちも、扱いに苦慮していたのか、セアラの申し出にほっとしたように食いついてきた。

「セアラ様、助かります」
「そうだね。あいにく今、女性はセアラしかいないし。一緒にいてあげてくれるかい?」
「ええ。もちろんです」

 セアラが近づくと、彼女はゆっくりと顔を上げた。顔にも擦りむいた痕があり、全体的に汚れていた。

「大丈夫。怖がらなくていいわ。こっちよ」

 セアラはできるだけ優しく話しかけた。触れればびくりと体を震わせる。

「馬車に行きましょう。山賊は護衛の皆さんが追っ払ってくれたから大丈夫。どこまで行くの? 私たちと一緒に行きましょう」

 女性に肩を貸し、支えながら歩く。何日も風呂に入っていないのか、ややにおいが気になったが、平民というのはそういうものだ。気にしていては始まらない。

「さあ乗って?」

 セアラは促すが、彼女は首を振るばかりだ。

「いけません。こんな立派な馬車に……汚れてしまいます」
「でも、あなたは体を休めなきゃいけないわ」
「休むだけなら地面で十分です。その……人目さえ、避けられれば」

 女性は騎士たちの方をちらちら見ると、馬車の後ろへ向かった。
 確かに、馬車に隠れて、護衛たちからは見えないだろう。
 本当は馬車に乗ってほしいが、セアラの力では無理矢理乗せることもできない。

「どこかに怪我は? 変なことはされていない?」
「ありがとうございます。お優しいお貴族様……。実はここが……」

 女は震える手で、自分の服の胸のあたりを開いた。
 てっきり怪我をしているのだと思い、のぞき込んだセアラは、薬の匂いに目を開く。
 次の瞬間、意識が飛び体から力が抜ける。

『セアラ? ……わっ』

 袖口から飛び出してきたネルの声を聞きながら、セアラの意識は急速に遠のいていった。

「……危ない危ない。こんなところに聖獣がいたのか」

 女──少年は先ほどまでの怯えた表情とは打って変わり、自信に満ちた狡猾な表情で、不敵に笑った。
 倒れたセアラを片手で担ぎ、眠り薬を吸わせた聖獣もポケットに突っ込む。

「さて、あいつらの目がそれているうちに」

 そして、素早い動きで、山の斜面を登っていったのだった。

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