引きこもり令嬢の契約婚約
 馬車に乗り込むまでは、かろうじて平静を保っていたが、扉が閉まるとついつい気が緩んで眉間にしわが寄る。

「そんなに嫌そうな顔をしなくても」

「だって、なんですかあの会話」

「シーグローヴ侯爵には、僕らの関係が順調だと思っていてもらわないといけないしね」

 エリオットは楽しそうに片目をつぶって微笑んだ。

(すっかり楽しんでいるじゃない。こんなんじゃ、婚約破棄した時のお父様のショックは計り知れないわ)

 それを思うと、やはり契約婚約を引き受けたのは、軽はずみだった気もする。

(でも今更取り消すわけにもいかないし……。ああ、私の馬鹿)

 セアラは諦めて、小窓から外を見た。
 基本的にセアラの生活は家と大学の往復だ。街にはあまり来ないので、人々が行き交う姿はなんだか物珍しい。

「エリオット様、あれは何ですか?」

「屋台だね。このあたりは平民が多い区画だから、あんな感じで路上に店を出していることが多いね」

「そうなんですね」

 シーグローヴ侯爵領は銀鉱山のある王都から離れた土地にあり、町は商店街を中心ににぎわっている。みな、小さいながらもちゃんと店舗を構えていたから、屋台という形の営業形態を見たことはなかった。

「……私、領地にある田舎でならよく街に出るんですけど、王都では引きこもっていて……」

「僕は逆に田舎の方は、平民が集まるようなところは見られないんだ。視察に行くと、どうしても領主の案内がついてくるから」

「そうなのですね。じゃあ、私と殿下の知識を合わせれば、大体は網羅できるって感じでしょうか」

 ぽそりとそう言ったあと、視線を感じて振り返ると、エリオットがにこにこ笑っていた。

「……な、なんですか?」

「いや。いいよね。二人で補い合えるっていうのは。ねぇ、今度街歩きをしないか? 変装して。ふたりで」

「え、でも、危なくないですか?」

「僕にはホワイティの加護があるから大丈夫」

「そうですか? では」

 だとすれば、ホワイティに会えるかもしれない。短絡的にそう考えたセアラは、頷いた。

(ホワイティ様に会えるなら……)

「楽しみです」

「そうか。僕もだよ。さて、着いたようだね」

 停車するのと同時に、がたんと馬車が揺れる。
劇場は、国内において城に次ぐ豪華な建物だ。ホールを彩る木彫りの装飾は、天井にも惜しみなく施されている。シャンデリアもガラスを使った豪華なもので、光を反射してキラキラと輝いていた。
そしてそこに集まる人々も、まるで宝石みたいに綺麗で……

(目が眩むわ)

 ふらりとよろけかけたセアラを、エリオットの手が支えてくれた。

「あ、すみません」

「大丈夫かい?」

「眩しくて……つい」

「……モグラかな?」

 最後の言葉は、すごく小声で、おそらくは告げたつもりはないのだろう。セアラも聞こえなかったふりをする。しかし内心、言い得て妙だなと納得はしていた。
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