引きこもり令嬢の契約婚約【番外編も完結】
「……っ」
言いようのない苛立ちが湧きあがる。
王城の夜会という重要な場所で、護衛が令嬢の素を引き出してどうするのだ。
とはいえここで言い合いをするのは悪手だ。微笑んで話題を変えるのが賢い……と分かっているのに、ソフィアは耐え切れずこっそりレナルドの足を踏みつけた。
「……っ」
「あら。どうかした? レナルド」
にっこり微笑むと、レナルドもひきつりつつ笑顔を保持する。
「いいえ。ちょっと足が滑りまして」
「まあ気を付けて。それよりこれ、とてもおいしいわね。ありがとう。でも失礼をしてしまったから、先ほどのご令息には謝らないと」
「いいじゃないですか。お嬢のお相手は王太子殿下と決まっているんですし」
「決まっているわけじゃないし、社交界において敵はできるだけ作らないほうがいいわ」
「ふむ。では俺がとりなしておきます。お嬢はそれ、食べちゃってくださいね」
にこにことほほ笑んだまま、レナルドは行ってしまう。足は何不自由なく動いており、踏みつけが甘かったかと内心でソフィアは舌打ちをした。
(……でも、おいしい)
夜会で、冷たいものや温かいものを食べ頃のタイミングで食べられることはまずない。
人の機嫌を取るのが一番大事で、食事なんて最も犠牲にすべきことだからだ。
ソフィアは体型を維持するために、常に食事は制限している。でもだからこそ、一日に一度許されているお茶会での菓子は、ソフィアのストレス解消であり、特別な楽しみでもある。
(まさか、気づいているのかしら)
ちらりとレナルドに視線を送るば、先ほどの令息と打ち解けた様子で歓談している。
(腹芸ができないわけじゃないのね。レナルドは)
父の言うように、レナルドは磨けば光る原石のようなものなのだろう。
(やれば何でもできそう。でもやろうと思ってないからしないのよね。どうして一介の侯爵家の護衛で満足していられるのかしら。……変な男)