引きこもり令嬢の契約婚約
 当時、弟はまだ幼く、母はいつもベッドの上。退屈だったセアラは、お気に入りの図鑑をもってよく外に出た。
 一応護衛はついていたが、少女が大きな本をもって歩き回っていれば、同年代の子供は気になるのだろう。おそるおそると寄ってきて、一緒に図鑑をのぞき込んできた。

『……一緒に見る?』

 セアラが誘うと、少女は頷いて隣に座る。

『この花の名前が書いてあるのよ。ゼラニウムというの』

『ぜらにうむ……。名前、あるんだ……』

 とても不思議そうに彼女が言うので、『知らなかったの?』と尋ねてみると、花はみんな花という名前なのだと思っていたのだという。
 彼女とはそれから何度か散歩中に出くわしたが、いつも『セアラ様、ここに咲いてる。ぜらにうむ!』と教えてくれた。
 風景の一部に過ぎなかった花は、名前を聞いた途端、彼女にとって足を止めて名前を呼ぶものに変わったのだ。
 それがセアラにはとても不思議に思えて、そのきっかけが自分だったことがうれしかった。

 だから、たくさんの子に花や薬草の名前を教えるようになった。すると、そのうちに、一緒に絵を描きだす子供も現れた。

『すごく上手ね』

『うちには本がないから、描いて残そうと思って』

 一枚、一枚と増える植物画。セアラはそのわきに、花の名前と特徴を書き込んだ。

『この花の根は、乾燥させてすりつぶして粉にすると、体を温める薬になるの』

『セアラ様、すごいね。でも、私、字が読めないから、覚えなくちゃ』

『えっ、そうなの。……じゃあ、私が教えてあげるわ』

 領地の町では、大人の男の人は、ほとんどが銀鉱山に関わる仕事をしていた。
 生活に必要な店を営むのは女性が主で、子供も仕事を手伝うことが多かった。
 教会が子供を集めて文字を教えているはずだが、働き手として期待されている子供は、行かないことも多い。

 時には、町の大人たちから眉を顰められることもあったが、文字が読めるようになると、皆楽しそうにセアラの持つ図鑑を読み始めるのだ。

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