引きこもり令嬢の契約婚約
「僕もね、昔、感情を抑えるのが苦手で、よく泣いていたから泣き虫殿下なんて呼ばれたこともある」
エリオットが背中越しに話しかけてくる。セアラはまだ涙が止まっていなかったので、返事ができずにいた。
「そうするとね、ホワイティがいつの間にか傍にいてくれたんだ。木の上から見ていてくれたり、いつの間にか後ろにいたりとかね」
「……」
「その距離感がね。なんていうか、僕はうれしかったんだよね。泣き顔なんて見られたくもないけど、ひとりで泣くのは寂しいというか」
それはセアラにも覚えのある感情だ。ひとりは寂しい。甘えちゃいけないのは分かっているけれど、誰かに寄り添ってほしい。
「……エリオット様が?」
セアラの目には、完璧な王子様に映るエリオットも、自分と同じような思いを乗り越えて今の彼になったのだろうか。
『私たちは侯爵令嬢です。そのことをお忘れにならないで』
ふいに脳裏に蘇ったのは、かつてソフィアにぶつけられ、セアラの身を縮こませた言葉だ。
(エリオット様も王子だから。……きっと必死に強くあろうとしたんだわ)
セアラは顔が赤くなるのを感じた。
恥ずかしい。それは、昔ソフィアにあの言葉を言われた時にも湧きあがった感情だけど、今はそれだけじゃなかった。
(私も、しっかりしなきゃ)
あの時は怖くなって引きこもった。だけど、今同じように引きこもるのは甘えだと、なぜだか思えた。
だってセアラはもう十八歳だ。何もできない子供ではない。
セアラは涙を拭いて、息を吐きだす。口角を上げて笑顔を作る練習をして、自由に動くのを確認してから顔を上げる。
「お待たせしました。エリオット様」
涙がいろいろなものを流してくれたのか、視界がクリアになって気がした。振り向いたエリオットが、ふわりと笑う。話もしてずっと顔を合わせていたはずなのに、セアラは初めてまじまじと彼の顔を見たような気がした。
「もう大丈夫?」
「はい」
「じゃあ、出ようか」
手が差し伸べられる。セアラは一瞬戸惑い、おそるおそるとその手を取った。
温かい手に、向けられる優しいまなざし。
(エリオット様は演技がうますぎる。あんまり優しくされるとドキドキしちゃう)
もしくはそれも狙っているのか。周りを見ると、劇場の従業員たちが、照れたセアラと優し気に微笑むエリオットに生暖かい視線を向けている。
(落ち着くのよ。セアラ。これは契約婚約なのだから)
心を動かされ始めている自分に気づいて、セアラは焦る。
(ああ、やっぱり引きこもりでいればよかったのに……)