引きこもり令嬢の契約婚約
 そのうちに母も、咳込んで寝込むことが多くなっていった。
 明らかに巷での流行りの病とは症状が違っていたが、今は町の医師が病原菌を持っている可能性が高く、往診には応じられないというのだ。

「おかあさまは大丈夫?」
「マイルズ。……大丈夫よ。きっと」

 姉として、弟に弱気な姿は見せられない。だけど不安なのはセアラも同じ、なんなら、病への知識があるだけセアラの方が不安だった。

(咳の薬くらいなら私が作れる。……だけど、外には出ちゃダメっていうし……)

 薬草を植えた場所は川の近くだ。今は、疫病の大流行で村人もほとんど外には出てこない。

(こっそり行けば……大丈夫じゃないかしら)

 セアラは弟が昼寝を始めたタイミングで、自分も寝たふりをした。
 そば付きの侍女がその場を離れてから、ゆっくりと目を開け、部屋から抜け出す。

(薬草、取ってくるだけだから)

 小柄な体を生かし、行き交う使用人の視界を避けて外へと向かう。
 こんな時、存在感がないのは助かる。玄関のドアを通り抜けて、セアラはホッと息をついた。

(急いで。川に……)

 よくお医者さんがやっているように、大きなハンカチを結んで口元を隠して、セアラは走り出した。
 街の中も、人気がない。食料品を売る店も、今は午前中だけの営業をしているようで、すでに閉まっていた。
 天気は良いのに、誰もいないという違和感。
 閑散とした街は、いつもとは完全に様相が変わっていて、セアラは異世界に紛れ込んでしまったような気がして、自然と身震いがした。

 運がいいのか悪いのかわからないが、薬草畑まで誰にも会わなかった。

「これと、これと……」

 セアラは目当ての薬草を摘むと、再び走り出した。誰にも気づかれないうちに屋敷に戻らなければならない。
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