引きこもり令嬢の契約婚約
「温かい……」
「ん?」
「いえ。母の言葉を急に思い出して……。死に間際の母が、私とマイルズに言ったんです。温かいと思える場所にいなさい。でないと、悲しみで凍えてしまうから……と」
あの日は、風が強い寒い日だった。窓がガタガタと揺れる音が恐ろしかったし、数日前に王都を出発したという父はまだ到着しておらず、それも不安だった。
母は弱々しい力でセアラとマイルズの手を握った。儚い笑顔が悲しくて、だけど手の温かさはうれしくて、セアラはどういう顔をしていいのかわからなかった。
父の到着とほぼ同時に母は息を引き取り、屋敷は悲しみに包まれた。
セアラも泣いて、泣き疲れて眠る、を繰り返し、その頃の記憶はあいまいだ。
「その時は、母の言いたいことが分からなかったのですけど。数年たつと、何となくわかってきました。悲しみは、思ったよりも癒えることが無くて、ずっと降り続く雪みたいなんです」
雪が溶けなければ、降り積もり、やがて人はうずもれて身動きさえ取れなくなってしまうだろう。だけど、地表が温かければ、溶けて根雪にならずにすむ。どんなに降り続いていても、雪に囚われることはない。
母が死んで、セアラの心には常に悲しみが付きまとっていた。ひとりになれば思い出して、涙が出て止まらなくなる。だけど、父と弟と一緒に笑うことで、その気持ちは軽減されていった。だからこそこの屋敷が、セアラの安心できる居場所だったのだ。
「安心できて、温かい場所。ここにいれば、私は大丈夫なんだと思っていました。でも、いつまでも子供ではいられないのですよね。年齢が上がるにつれて、父から早く嫁ぎ先を探せと言われるようになって」
再び寂しさが、温かさに勝ってきた。そんな時だったからかもしれない。エリオットの提案を受け入れてしまったのは。もう外に出なければいけないのだと、少しだけ、感じ始めた頃だったから。
「たまたま一歩踏み出した先が、エリオット様の隣でよかったかもしれません。……エリオット様の上着が温かいから、そんな風に思って……」
「ん?」
「いえ。母の言葉を急に思い出して……。死に間際の母が、私とマイルズに言ったんです。温かいと思える場所にいなさい。でないと、悲しみで凍えてしまうから……と」
あの日は、風が強い寒い日だった。窓がガタガタと揺れる音が恐ろしかったし、数日前に王都を出発したという父はまだ到着しておらず、それも不安だった。
母は弱々しい力でセアラとマイルズの手を握った。儚い笑顔が悲しくて、だけど手の温かさはうれしくて、セアラはどういう顔をしていいのかわからなかった。
父の到着とほぼ同時に母は息を引き取り、屋敷は悲しみに包まれた。
セアラも泣いて、泣き疲れて眠る、を繰り返し、その頃の記憶はあいまいだ。
「その時は、母の言いたいことが分からなかったのですけど。数年たつと、何となくわかってきました。悲しみは、思ったよりも癒えることが無くて、ずっと降り続く雪みたいなんです」
雪が溶けなければ、降り積もり、やがて人はうずもれて身動きさえ取れなくなってしまうだろう。だけど、地表が温かければ、溶けて根雪にならずにすむ。どんなに降り続いていても、雪に囚われることはない。
母が死んで、セアラの心には常に悲しみが付きまとっていた。ひとりになれば思い出して、涙が出て止まらなくなる。だけど、父と弟と一緒に笑うことで、その気持ちは軽減されていった。だからこそこの屋敷が、セアラの安心できる居場所だったのだ。
「安心できて、温かい場所。ここにいれば、私は大丈夫なんだと思っていました。でも、いつまでも子供ではいられないのですよね。年齢が上がるにつれて、父から早く嫁ぎ先を探せと言われるようになって」
再び寂しさが、温かさに勝ってきた。そんな時だったからかもしれない。エリオットの提案を受け入れてしまったのは。もう外に出なければいけないのだと、少しだけ、感じ始めた頃だったから。
「たまたま一歩踏み出した先が、エリオット様の隣でよかったかもしれません。……エリオット様の上着が温かいから、そんな風に思って……」